暁がキャベツを育てる理由

 人差し指を差し出したらね、強く握ってくれるの! 赤ちゃんってひ弱な感じなのかなって思ってたけどそうじゃなくて、結構力が強いものなのよ。やっぱり、赤ちゃんも生きているから力強いんだわ!

「あぅ……うー……」

 セミの声が少し鬱陶しい葉月のまっただ中だったわ。商店街を歩いてたら、喫茶店で赤ちゃんを抱いている若い女の人がいたの。赤ちゃんにアイスクリームをちょっとだけスプーンで掬って食べさせていたわ。暁はレディとしてダージリンを嗜んでいたんだけど、可愛らしい声で鳴く赤ちゃんに興味が湧いちゃったの。だから、母親の方に声をかけて赤ちゃんを見せてもらったわ。

 本で読んだのとは違う不細工でへちゃむくれな顔だけど、守ってあげたい愛嬌を感じたわ。これが母性というやつなのかしら。小さなお手手をふにふにと動かして、身振り手振りで何を言いたいのかわからない声をあげていたわ。それがたまらなく可愛いの!

「うぅ……ぁ」

 産毛で覆い尽くされた頭を少し撫でるとちょっとだけ悲しそうな声を上げたわ。わ、私は別に危害を加えようとしたわけじゃないのに。ちょっとしょぼくれてた暁を見て、母親は笑っていたわ。なにかおかしなことをしたかしら?

 初めて見た赤ちゃんはとてもステキだったわ! 素敵な殿方とレディの間に出来る宝のようなものだと雑誌に書いてあったけど、まさしくそのとおりだと思う!

「赤ちゃん、とってもかわいですね!」

 暁は率直な感想を母親に言ってみたの。そしたら、母親の方は優しい笑顔で返してくれたわ。ちょっとぐずりそうだった赤ちゃんをよしよしと手で抱えて揺すっていたの。

「どうしたら赤ちゃんって出来るのかしら?」

 暁もレディとしていつか赤ちゃんを産みたいと思ったの。だって、こんなに可愛いんですもの! 自分の子供なら尚更よ。

 でも、赤ちゃんはどうやって産むのか分からないわ。そもそも、産むってどういうことかしら? 暁の持っている本や知識ではよく分かっていないの。大人の艦娘や提督だって教えてくれないわ。

「そうね、立派な大人になって、心ときめくような恋をしたら赤ちゃんが出来るわよ」

 ただ、唯一知っているのは、赤ちゃんはキャベツ畑から産まれるそうよ。陸奥が困った顔で教えてくれたわ。



 鎮守府の一角には大きな共同の畑があるの。修練の一環として農作業が義務付けられているからよ。暁と響達でキャベツを育てることにしたわ。

 元々、トマトとニンジンを育てていたので畝やらなにやらは整っているわ。キャベツの種を撒いて、肥料をこしらえて、姉妹でローテーションを組んで水を定期的に上げているの。日光もよく当たる場所だし、海側の涼しい場所だからきっと育つわよ!

「暁、なんでキャベツを育てようと思ったんだい?」

 最初は不思議そうに響達が尋ねてくるから、暁は胸を張って答えてみせたわ!

「それは、暁達が大人のレディになった時に、キャベツ畑で赤ちゃんが産まれるからよ!」

 ポカンと頭をかしげる妹達に暁は説明してあげたわ。赤ちゃんがとっても可愛いこと、赤ちゃんは殿方と運命の恋を経てキャベツ畑から産まれるってことを。

「わかったわ、雷に任せなさい!」

 暁たちは力を合わせてキャベツ畑を育てることにしたの! 絶対にステキな赤ちゃんを産んでみせるんだから!


 でも、みんなは薄々分かっていると思うけど、暁たちは成長しないの。頭は成長しても、体はこのままだから。レディになるっていうのは嘘じゃないけど、本当は大人になれないって分かっているの。

 そのことを司令官に話したら、帽子の上から暁の頭をぶっきらぼうに撫でて言ってみせたわ。

「暁はレディなんだろ? レディは体の大きさでは語らないものだ」

「でも、大人にならないと赤ちゃんは産めないわ……」

 母親は大人の恋をしなければ赤ちゃんは出来ないって言ってたわ。暁は恋の「こ」の字も知らないし、大人になんてなれないんだもの。前提で頓挫してしまっている状態だわ……

「バカだなぁ。大人にはいつだってなれるものさ」

「バ、バカって言わないでよ!」

 司令官は暁の前でしゃがんで、大きな拳を私の胸の上に当てたの。

「子供っていうのは産んだかどうかじゃないんだ。心で通じあっているかどうかなんだよ」

 後で聞いた話だけど、司令官はもらい子だったらしいの。司令官の言葉の意味はなんとなく暁にも分かった気がするわ。


 起床ラッパが鳴る前に暁は起きるようにしているの。レディはみんなよりも早起きをするものだから! 眠たい目をこすりながら宿舎の窓辺からキャベツ畑を眺めるの。それが日課になってきているわ。

 たしかに、暁は大人になれないのかもしれない。でも、心だけは立派なレディとして在り続けたいわ!

 きっと、レディでいれば殿方との運命の出会いはあるものよ! 絵本にだって、白馬の王子様は立派なレディの元に駆けつけるって書いてあったもの! 大人の恋は辛抱が大事だって、陸奥が微笑みながら教えてくれたわ。

「おはようなのです……」

 夏の透き通った日差しがガラス越しに入ってきて少し眩しいわ。今年も夏が終わるのね。今日もキャベツ畑にお水をあげないと。

「おはよう!」 

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