死にたがり

・菫子の場合

 人里の蕎麦屋でつるるとざるそばを啜る。昔は蒸して食べていた蕎麦も、湯がいて食べれるようになったのは時代の流れだなと妹紅は回想する。
 醤油の聞いた濃い口の汁にしょうがとネギを混ぜ、ピリリと鼻を透き通る蕎麦のストレートな味を堪能した。

「へえ、幻想郷の蕎麦もなかなかやるものね」

 物珍しそうにざるに乗った蕎麦を箸で挟みながら感心している菫子。そんなに珍しいものかと妹紅は見つめるが、らんらんと光る菫子の茶色い瞳を見ると肘をついてため息を付いた。

「なあ、菫子。ちょっと変わった質問をするが、いいかな?」

 口に含んだ蕎麦で頬をふくらませる菫子に、妹紅は神妙な顔つきで尋ねた。
 
「もしも、お前が死んだら、私に何かしてほしいことがあるか?」

 頭をかしげて菫子ははてなマークを浮かべるが、妹紅は気だるげながらも真剣な面持ちなのを知る。
 ごくりと妹紅のおごりの蕎麦を飲み干してから、菫子は滔々と語りだした。
 
 
「そうね、妹紅は不老不死だもんね……それならさ、私の子孫が幻想郷に来たら、私のことを話してあげてよ」


 白鼠色の湯のみに入っている蕎麦湯をずずずと啜る妹紅は続きを促した。同じように菫子も蕎麦湯に挑戦しているが、舌をべっと出して微妙な顔をしている。
 
「多分、私は普通に恋をすると思う。そして、絶対に私の叡智を引き継ぐ子供を産むわ。その子には絶対に幻想郷のことを話す。話して、自分の力で結界を越えてもらいたいの」

「若いのに色々考えてるんだな。でも、そういう夢は嫌いじゃないさ」

 ははっと妹紅が軽く笑うところに、菫子は注釈を入れるために人差し指をつきだした。
 
「妹紅が年老いてるだけ。私は別に深く考えてるわけじゃないしね。もしもの話!」

「もしもっていうのは?」

 くいっと妹紅の赤い瞳が菫子の顔を伺うように視線が流れる。どんよりと年輪を重ねた視線は、菫子の心をかきたてた。
 
「与太話みたいなもの! 世間話っ! 今は恋愛とか全然興味ないし。でも、不老不死の妹紅に私を残したいのなら、そうやって世代を重ねるしかないみたいだしね」

 何かに焦ったように話す菫子に、にっと妹紅は唇の端を吊り上げる。
 
「お前も不老不死になるか?」

 何気なく尋ねた妹紅のセリフに、菫子はナンセンスだと言わんばかりに眉をひそめた。
 
「それはありえないかな。多分、人間は一定の年月を重ねて寿命を迎えるものだと思うの。それは、宗教とか倫理的な理由とかじゃなくて。なんて言えば良いのかなぁ……高尚なことを言うつもりはないんだけど」

 頭を捻って答えを強引に出そうとする菫子に、妹紅は待ったをかけた。
 
「生きるってことは死ぬこと。不老不死になれば、それは生きていないってのも同義だ。だから、たくさんのものを失ってしまうんだ。生きていれば、少なくともその手に掴めるだけのものは得られるはずさ」




・慧音の場合

 満月の月夜は慧音と二人で過ごすことが多い。なぜなら、完全な妖怪になってしまう慧音は人里にいられないから。
 二人で夜な夜な語らいながら、貴重な一緒の時間を過ごしていく。時には他愛もないことを話し、時にはただじっと黙って竹林のざわめきに耳を貸す。
 
「なあ、慧音。ちょっと変わった質問をしていいか?」

 普段とは違う二本角を生やし、高ぶった感情を抑えながらのんびりと妹紅の肩にもたれかかっている慧音は頷いた。
 
「なんだ、言ってみろよ」

 笹の葉越しに見るつぎはぎの満月を眺め、妹紅は呟いた。
 
「もしもお前が死んだら、私はお前に何がしてやれる?」

 慧音はんーっと鼻を鳴らすと、目をつぶって優しい物言いをした。まぶたがゆっくりと下り、妹紅の方が少しだけ重くなる。
 
 
「そうだな。私のことを忘れて欲しいかな?」


「どうして?」

 内心、予想外の答えにピクリとしたが、穏やかな精神を保った妹紅は慧音の鶯色の髪に頬ずりをした。パラパラと髪が棚引く。
 
「多分、私は普通の人間よりは長生きするだろう。けれど、それでもお前にとっての1頁にしかならないんだ」

「1頁?」

 そっと、慧音は妹紅の膝にある手に自分の手を重ねる。お互いのぬくもりで、少しだけ鼓動が早くなる。
 
「不老不死という人生は無限に長い巻物のようなものだと思う。永遠の旅をするんだ。私は、その1頁にすぎない。一期一会の存在だ」

「私は千年を生きてきたけど、慧音のことをそんなふうに思ったことはないぞ」

 角に阻まれながらも、自分の気持を伝えるように頬で慧音の前髪をこする。
 
「歴史はパノラマみたいなものだ。世代を継ぐことで、新しい世界が生まれる。それは、人間が証明してきた。その世代では別の考え方があって、別の文化が会って、別の言葉が存在する。私もその1シーンの登場人物にすぎないんだ」

 目を見開く慧音の瞳に満月の光が差し込む。少しだけぶるっと湧き出た感情を抑えつつ、自分の思いを吐露した。
 
「だからさ、私を忘れて新しい人生を生きて欲しいんだ。気兼ねなく、過去に振り回されずにその場その場を必死に生きるんだ。じゃないと、不老不死のお前は辛すぎるじゃないか。人間は万能じゃないから、すべてを持ち歩けない。だから、懐から不必要な物を捨てて行くんだ。私は、できれば妹紅の重しになりたくないな。私で悲しんでほしくない」

 語り終えた慧音はとても落ち着いていた。肩に手を伸ばした妹紅は崩れそうなくらいに力を抜いた妹紅をぎゅっと抱きしめる。
 
「絶対とは言わないけど、私は忘れない。すべてを持ち歩けはしないけど、持っていくものを選ぶことは出来る。少なくとも、上白沢慧音の記憶は持ち歩いていくさ」



・輝夜の場合

 暇だから家に来なさいよという言伝を妖怪兎から聞かされた。行かなければ、お仕置きされちゃうからと妖怪兎は泣いて妹紅に擦り寄る。仕方ないなぁと、見捨てられない妹紅は永遠亭に向かった。
 
「こうやって、一緒にお茶をするのも悪く無いわねぇ」

 不老不死になる原因、仇敵である蓬莱山輝夜は出されたお茶をすすって朗らかな笑顔を見せる。艶のある漆塗りのお盆にことりと湯のみが置かれた。
 とても晴れ晴れとした天気なのだが、伸びきった竹のせいで少し曇りがかっている。庭先に揃えられた輝夜の盆栽が風情であった。
 
「居心地悪すぎて頭の血管から血が吹き出しそうだ」

「あらあら大変。永琳からお薬もらう?」

 いいとこ育ちの貴族の余裕なのか。振り袖から伸びでた真珠のように美しい繊細な手で妹紅の鼠髪を撫でた。
 
「わかってるくせにしらばっくれるな。ほんと、タチ悪いな」

 ケッと口から吐き出すように、妹紅はなんとも言えない表情で輝夜からそっぽを向く。けれど、何食わぬ顔で輝夜は妹紅の頬に鼻を鳴らした。
 
「なにか面白い話をしなさい、妹紅」

 魔性の魅力ともいうべきか、幾人物を誑かした女の色香に妹紅の強固な心が折れそうになる。しかし、黙っているのもあれなので、妹紅は最近親しい2人に尋ねたことを話してみた。
 
「もしもさ、お前が死んだら私に何をして欲しいって聞いて回ってたんだ」

「どんな答えが返ってきたの?」

「自分の子供に会って自分の話をしてほしいとか、自分のことを忘れて新しい人生を生きてほしいとか」

 ぽつぽつと語る妹紅とは裏腹に、縁側で足をばたつかせている輝夜。少しすねた素振りをしてみせた。
 
「妹紅はお友達が多くていいわね! ぷんぷん!」

「可愛くないから」

「あら、寂しい」

 袖をつまみ、科を作る輝夜に妹紅ははあっと見せつけるようにため息を付いた。
 
 
「じゃあね、私は一生をかけてあなたをおもちゃにするわ」


「はぁ!?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情できょとんとする妹紅に、輝夜は上品な笑顔でわがままを言った。
 
「不老不死同士、お互いをおもちゃにするのよ。だって、生きているうちは暇をつぶすものが必要でしょ? 英語では時間を殺すとかいて暇つぶしって意味らしいわよ」

「殺し合いをする仲が丁度いいってことか?」

「そうね。そうやってお互いに意識している間は人生に目標が出来るんじゃないかしら? それを永遠に続けていれば、きっと不老不死でいられるわ」

「不老不死でいられる……」

 目線を下げて輝夜の言葉を反芻する妹紅。続けざまに輝夜はお天道様に語る。
 
「目標がなければ、多分私たちはただの概念になるんだと思う。それは、砂漠の岩のようでもあり、大海原に吹きすさぶ時化のように」



・純狐の場合

 最近子どもたちが声を揃えていうことがある。あのお姉さんはとっても優しくて、とっても綺麗な人だと。
 見慣れない紅い道士服に身を包み、ふんわりとした金色の長髪。とても丁寧な言葉づかいが特徴だと。
 その女は寺子屋の近くにある広場で蹴鞠を披露していた。子どもたちがキャーキャーと興奮する中、楽しげに鞠を跳ね上げていく。
 
「あんた、純狐だっけ」

 ぶっきらぼうに妹紅が尋ねると、ニコッと嫌味のない高貴な笑顔をしてみせた。
 
「そうです。私が純狐ですよ。そういうあなたは………なるほど」

 何かを悟った純狐は妹紅たちを囲う子どもたちにサヨナラを告げて、妹紅とその場を離れることにした。
 
 人里の大通りにこつこつと純狐の靴が鳴る。それと一緒に妹紅は黙々と歩き、会話が切り出せないでいた。代わりに話しかけたのは純狐の方であった。
 
「蓬莱人のあなたが私に望むことはわかりますよ」

「妹紅だ」

「そう、妹紅さん。私の言っていることに間違いはありますか?」

 自分の目的をあっさりと看破された妹紅は言い繕うのをやめて、ストレートに尋ねることにした。
 

「あんたは不老不死を殺す方法を知っているんだよな」


「ええ、そうですよ」


 八百屋の客引き、茶屋の話し声。色々な声が混ざる中で、純狐の声は冷たい針のように妹紅の耳朶に差し込まれた。
 
「正確に言えば私の能力です」

「能力……」

 ぱっと両手のひらを出し、純狐は妹紅にも分かるように自分の能力を説明した。
 
「私の能力は純化する能力。本来の概念に純化するんですよ」

「その能力を使うとどうなるんだ?」

 急かす妹紅の無礼にも、純狐は笑って対応してみせた。
 
「そうですね、恨みを持った人間であれば、しがらみのない人間という概念にすることも出来ますし、恨みだけを純化して怨霊のような概念にも出来ます」

「その能力を使えば、私は普通の人間に純化することが出来るのか?」

 心のなかではドキドキと稀にもなく緊張するもこうだったが、いつもの落ち着いた妹紅を演じていた。だが、狐のように目ざとい純狐にはお見通しであった。
 
 
「ですね。だから、私は不老不死の嫦娥を殺せるのです。嫦娥を殺すために様々なものを純化して捨ててきました。ですが、私は仙霊になって後悔はしてないんですよ?」


「自分から不必要な物を捨てて、純真な存在になる。神様になるってことでいいのかな?」

「そうね。とりわけ私は嫦娥を殺そうとする悪い神様。でも、鬼子母神のように子供が大好きなんですよ?」

 ふふっとえくぼを作る純狐。なんとなくだが、自分が不老不死になった理由と被っているように思えた。
 

「もしも私が死にたくなったら、殺してくれるか?」


 歩を止め、妹紅は純狐に問う。その問は妹紅にとっては非常に重かったが、純狐にとっては一切れのういろうを切り分けるくらいには簡単だった。
 
 
「ええ良いですとも。私はあなたの死の概念になりましょう」



・ミスティアの場合

 帰りに寄ったヤツメウナギの屋台。パタパタとうちわで香るうなぎの匂いは食欲を誘う。そこに秘伝の甘がらいタレが絡めば最高の組み合わせである。月に盃、松に鶴。
 当初、焼き鳥屋を営んでいるという噂の妹紅にミスティアはあまりいい顔はしなかった。だが、妹紅自身は悪い人間でもなく、寡黙で物静かなところがミスティアは気に入っていた。
 酒をちびちび飲みながら、ヤツメウナギの串をモグモグと食す妹紅にミスティアは何気なく尋ねた。柔らかい魚肉がほころんで、歯に染み渡る。
 
「今日は何かあったんですね」

 長年付き合いがあると、察しが良くなるものである。妹紅は図星をつかれたが、隠し事をするわけではないので色々話してみた。
 
「最近、人に色々聞いて回ってるんだよ。もしもお前が死んだら、私は何をしてやれるかって」

 たすき掛けたミスティアの臙脂色の着物に汗が滴る。頭につけたスズメが描かれた藍色の三角筋が揺れた。
 
「うーん、そうですねぇ。私なら、ヤツメウナギの屋台を引き継いでもらいたいのとー……」

「まだあるのか?」

「鳥獣伎楽の歌を広めて欲しい!!」

 ふふーんと胸をはるミスティア。締め付けられたタスキで服が浮き出ている。ちんまい胸が少しだけ強調された。
 
「それって、そんなに大事か?」

 呆れ口調で酒盃を口につける妹紅に、ミスティアは熱く語り始めた。
 
「そりゃ、自分の歌が次世代にも受け継がれて行ったら、最高じゃないですか! 今で言えば、みんなが歌えるどんぐりの歌みたいな感じで、自分の歌が広まったら最高ですよ!」

「どんぐりころころ、どんぐりこってやつか?」

「そうそれ! 自分の曲をデスヴォイスで口ずさんでくれたらなぁって」

「それ、ハードル高くないか?」

「もう少し簡単なロックな曲でも良いですよ」

 日本酒の瓶を握りながら、へらへらと笑う女将に、もこうも背筋を正してにこりと微笑み返した。
 
「自分が持ち歩けないものを相手に託すって、結構無責任だよ」

「そうですかね?」

 ふうっと背伸びをして、夜天に向けて息を吐く妹紅。そのまま、ぐうっと体をのけぞらした。
 
「でも、残された人間は少なからず受け継ぐんだ。じゃないと、寂しいからさ。親しい人が死んだという現実が寂しすぎて紛らわせたくなるんだ」



・妹紅の場合

「私が死んだら私はどうなるか」

 自室の囲炉裏の前で煙草を吸いながら、コトコトと煮えるお湯の音が思考に交じる。
 
「意外と難しいな」

 とんとんっと囲炉裏の灰に煙草のものを混ぜ込む。真っ赤な残滓は黒い燃え殻に消えた。
 
「子供も作れないし、何かを残そうってのも思わない。案外、私って何にもなかったんだな」

 不老不死故に、妹紅は自分のものをあまり持たなかったし、富を得るということに無頓着であった。
 自分を覚えておいて欲しいという自己顕示欲もなく、何かを残そうといった感情もない。
 なぜなら、何をやっても消え去ってしまうからだ。物や人間は時間が来ては消えてしまう。また、新しい物を用意しなければならないということが妹紅には無駄に思えた。
 
「死ねるって思っただけで、私はなにかを残したくなる。爪あとでも残したくなるなんて、まったく欲張りなものだ」

 すうっとむせるような煙が鼻を通り、すす焼けた天井へとたちこもる。
 妹紅はぎらっと炎色の目を光らせた。
 
「死ねるのが人生ならいいじゃないか。何が何でも、私は死んでみせるさ。輝夜には悪いが、私は生粋の人間だ。人間だから、死にたがりで十分だ」

 世代を重ねることも、過去を引きずることも、何かを受け継ぐことも。それは死のある人間だから出来ること。
 もし、死というものがなければ、それはただの概念となるだろう。なぜなら、ただ時間を過ぎていく存在なら、そのへんの石ころと変わらないから。
 不老不死に死の概念が存在したらどうなるか。不老不死を望んだ人間は人間性を取り戻すだろう。悪い夢から目がさめるのだ。

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント