もこすみミュージック・アワー

 何千、何万と生えそろう迷いの竹林は鳥かごのようなもの。誰かを封じ込めるために作られた、閉鎖的な場所だと思う。うさぎも多いし、ね? 昔はうさぎのことを鳥と扱ったらしいけど、横暴にもほどがあるわ。
 その鳥かごの住民である藤原妹紅は私の目の前で、煙管に火を灯してすぅっと一息ついた。笹の枯れ葉も多い場所だけれど、火を上手に操る妹紅だからこそ火事が起きる気配はない。
「お前も物好きだねぇ。私と一緒にいて何が楽しいんだ?」
 月夜に向けてふぅっと口から煙を出す。白く棚引く煙は、夜空の青さに吸い込まれていった。
 タバコの臭いは、私のブラウンヘアーに染み付きそうで少し嫌だ。だって、今時タバコを吸う人なんていないんだもの。
「うーんとね、なんとなく、かな?」
 けど、そんなタバコの臭いも含めて私は妹紅のことが好き。粗暴な感じでスレていると人は陰口を叩くけど、私はこの人の深い優しさが分かる。人間を助けずにはいられない、ぶっきらぼうな優しさが。
「せっかく、女子高生が一緒に寄り添っているんだから、ちょっとは喜んでよ」
 ちょっとだけ攻めの軽口を言ってみるけど、妹紅は小さく笑うだけで相手にしてくれない。けど、その微笑みがなんとも流れるような、とても上品な感じで心がドキッとした。
「じょしこーせーってものが良く分からないが、ありがたく受け取っておくよ」
 私は正直、彼女が何を考えているかは良くわかっていない。千年の時を生きてきた彼女は精神的にも人間のものとは違い、何で感動を覚えるのかとか全く分からない。だから、それがとってもこそばゆい。
「ねえ、妹紅。貴方は歌が好き?」
 とても素朴な質問だった。会話の糸口をつかもうという魂胆もあったのだけれど、純粋に妹紅が好きなことを知りたかった。だって、好きな人の好きなことを知っておけば、恋の百戦危うからずっていうでしょ?

「まあ、嫌いじゃないな」
「え、ほんとに!」
 気分が良くなった私は、ポケットから取り出したスマートフォンから音楽アプリを立ち上げる。自分のものが自慢したくてたまらない気分。自分の好きなものを共感してほしい独占欲じみたもの。
「おや、例の機械じゃないか」
「そうね、貴方が私に届けてくれたやつよ。これには外の世界の文化が詰まってるの!」
 私はアプリを指でフリックして、流行りのオルタナティブロックの曲を選んだ。女子高生に人気のよくあるバンド。私はそれなりに好きだけど、他の女子高生みたいにミーハーではない。
「なんだこれ!?」
 月が照らす竹林の囲いのなかで、幻想郷には存在しないエレキギターの音が弾かれ、暴力的なドラムの音がスピーカーから響いていく。妹紅はそれにいたく驚いているようだ。
「なんか、耳がキーンッってなるな……」
「ご、ごめん!」
 初めて聞く人にはちょっときついところがあるのかもしれない。私も小学生の頃はそうだったし。徐々に聞き慣れていけば心地よいものに変わるのだけれど。妹紅にはまだ早いかな。
「でも、こういうのいいな。耳元で聞く火薬の爆ぜる音よりは風情がある」
「その例えってどうなの……」
 幻想郷のジョークみたいなものなのかな。でも、この世界ならありえないことじゃないし。妹紅らしい表現で微笑ましい。
「こんどはジャズとかどう?」
 私が選んだのはグレン・ミラーの有名な曲を幾つか。イン・ザ・ムードとかどうかなって。アメリカ的で非常に聴き応えの良い物。軽快でパワフルな感じがワタシ好み。
 でも、こんな夜中には、ムーンカクテルとかそっちのほうがあったのかなぁ。しんみりとして、月夜を目の前にして飲むお酒のようなあじわいというか。お酒は飲めないんだけどね。
「前に鈴奈庵の蓄音機で聞いたことがあるかもしれん」
「え!?」
 選曲が古すぎたのかな。少し、残念。知らない曲を聞かせて、ドヤ顔したいって気持ちもあったし。飽食でなんでも揃ってる現代っ子のわがままかな。
「そ、それじゃあ、これは……っ!」
 はやる気持ちが私の指をすべらせる。なんとなく目についたものを流してみた
「なんか甘ったるい曲だな。男のくせになよなよして」
 女子高生のハートを掴むような、そんなキャッチーな男性ボーカルの恋の歌。ヴィジュアル系を混ぜ込んだねっとりとしたポップス。
「いや、これは、その!」
 学校でだれかの会話に参加できたらいいなと、話のネタに聞いていた曲だ。私も少し、こういうのいいかなーなんて思ってたけど。妹紅にきっぱりと言われちゃうと少し恥ずかしい。
「別のにするね!」
 私が慌てて曲を返そうとすると、妹紅は私のその手を止めた。
「いや、いいよ。お前が勧めてくれたものなんだろ?」
「あっ……」
 愛しているだの、大好きだだの、お前を抱きしめるだの。いつもの私ならどうってことないけれど、好きな人と聞く分にはものすごく恥ずかしい。顔が真っ赤になってて、そのまま首がモゲちゃいそう。
「いや、まあなんだ」
 妹紅も頬をポリポリとかいてなんだか落ち着かない感じだった。幻想郷にはまだまだ刺激が強すぎるものなのかもしれない。恋心むんむんの女子高生にも刺激が強すぎる。
「これぐらい自分の気持に素直になれたらいいな」
 何気ない一言だったんだろう。とっても素直な感情が込められたセリフ。私が妹紅の顔をじっと見ていると、妹紅はおおきく振りかぶって自分の顔を隠した。
「わ、忘れてくれ……」
 あまりにも不器用な態度で。本当に愛おしく思える。これが、奥ゆかしいってことなのかな。普段の妹紅とは思えない、とってもしおらしくて乙女チック。
「妹紅!」
 ちらっと、真っ赤に染めた顔を私に向ける。少しだけ頬がりんごのように赤らんでいて、妹紅から漂う汗の匂いが甘酸っぱい。その表情をおちょくるように私は言ってみた。
「大好き!」
 ぐわっと、私は妹紅の背中に飛びついた。千年を生きた不老不死の体は冷たいのかと思ったけれど、みんなと同じで生暖かい。生まれたての雛を手で包んだときと同じ、生命の暖かさを感じる。
「い、いきなりなんだよ!」
 妹紅は私を体から剥がそうとするけれど、私はぎゅっと首元にやった腕を離さない。離してやるものですか。
「だって、今時の女子高生は押しに強いのよ?」
 私は左耳にそう告げると、チュッと、妹紅の可愛い小柄な耳にキスをした。小さな小さな、お子様キッス。友情以上恋愛未満の口づけ。
「えへへ……」
「もう、どうにでもしろよ……」
 諦めた妹紅は膝に肘をついてふてくしている。でも、内心、ドキドキしているのは、妹紅の背中についた私の胸が感じ取っていた。だって、私と同じくらい、心臓が脈打っているんだもの。

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