作詞をしてみますた

お気に入りの曲が見つかると作詞がしたくなる病が発動しまして。ピアプロってボカロPのサイトで歌詞募集の曲に許可もらって作詞してみました。気に入ったらしく、ニコニコで投稿したいとか。

しかしまあ、作詞というのは自分の中で黒歴史が多いジャンルです。というのも、明らかに拙いのがよくわかるからです。
自分の好きな歌詞と比べると、全然言葉が流れるように繋がっていないとか。色々と問題が多すぎて。でも、書いてる時はいいんじゃねえのと思うわけで。

特に、東方アレンジサークルに入ってた時はチンカスだったと思います。よくあんなんで良かったなとつくづく後悔。
結局オナニーみたいなもので、勝手に気持ちよくなって精子ばらまいてた感じなんですよね。それじゃあ、いかんなぁと思う反省の精神もなく。
あの時は非常に病んでてやっかいな人間だったと思います。

実はまた東方アレンジサークルに肩入れしてたりしました。
そのサークルは高校生の子が「サークル活動やってみたい!」と言ってたので協力のつもりで参加。
結局、そのサークルはメンバーが集まらなかったりで終わったんですけどね。
久しぶりに作詞をして、改めて自分のものを見てみましたが昔よりも数段良くなってると思いました。

というのも、それは小説作りのコンセプトから反映されていたと思います。
昔の小説は無駄に衒学ぶったり、かっこ良く見せようとしすぎでした。つまり、先程も言ったとおり、精子を出すだけのオナニープレイだったわけです。
これじゃあ、自分のことを理解してもらえないなと。そう思った自分は、簡単な言葉で相手に伝わるように書きたいと思うようになります。
自分の考える話って連合弛緩(考えがまとまりがなく、関連性のない言葉が続く)の塊だったり。その当たりも徐々に修復していったのですが、やはり名残なのか普通とはちがう話しになってしまいます。
野球で言えば変化球でとにかく攻めていくタイプですね。ストライクゾーンに入っているかはどうかとして。ドンピシャに入った時は評価も違ったりします。

さてはて、自分が文章でやりたい第一の目標として、かっこいい言葉を使いたいというのは残っているのです。
それは、谷崎潤一郎とか竹久夢二、オスカー・ワイルドとか寺山修司とか、ポエットな言い回しがすっげえ気に入ったのですよ。
ああ、自分も言い回しを使って美しい文章が書きたいなと。相変わらず衒学ぶりたいっていうプライドの高さは出ているわけで。
でも、それを嫌味なく出したいなという考えが出てくるわけです。

今回作詞してみて思ったのは、自分の表現力が上がっているなとわかりました。そういう意味では文章書きとして成長できたのだろうか?
自分が目指しているゲームのライター業もコネができて一歩近づいている感じです。
ただ、それでご飯が食べれたり、精神病を抱えている自分がまともに働けるかと、取らぬ狸の皮算用みたく悩んでおります。
結局、ぶち当たってみるしかない! そしたら、何が出来るか分かるわけです。

自分の人生を上手く作れるかどうか。
アドルフ・ヒトラーの人生は、彼の芸術性が上手く反映されたものだと思うのです。
ヒトラーを目安にってのはおかしいかもしれませんが、ああいった感じで自分の人生を語れたら良いなと思います。

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