龍驤弁

 昨日聞いたラジオドラマについて駆逐艦の子と話してた時や。伝説の艦娘、三笠が東郷平八郎閣下率いる艦隊の元、バルチック艦隊を撃破するお話。艦娘にとっては憧れる武勇伝やね。
 公園のウッドデッキの前でドラマの内容を反芻してたんや。娯楽が限られる鎮守府ではこういう情報はとっても大事なんよ。だから、一緒にシェアする楽しみってもんがあるんよね。
「バルチック艦隊が来るまでの砲撃の練習は功を奏したわけやね。荒波に揉まれても砲撃を当てられるようにしたってわけ。うちは軽空母やから関係ないかもしれないけど、そういう先を見越した準備がだいじなんよ」
 ふんっと鼻息を吹いて年長者ぶってみた。うちは結構、物語にのめり込む方やから、得意気に語りたい方なんや。それがお姉さんぽくないよって言われたらそのとうりなんやけどね。
「ねえ、龍驤はん?」
 駆逐艦の子たちに偉そうにしとるうちに黒潮がすくっと手を上げた。
「龍驤はんの関西弁ってちょっとおかしないですか?」
「ちょっと、何言ってるの!?」
 不知火が黒潮を止めようとしてたけど、黒潮は構わず続けた。
「いや、龍驤はんの関西弁って、イントネーションからちょっとちゃうんですよ。ところどころ標準語がまじっとるというか」
「黒潮! 失礼でしょ!」
 黒潮の指摘に他の駆逐艦の子らは気まずそうにしとる。けれど、そういうことを言われるのは初めてやないんや。
「ええんや、不知火。これにはわけがあるんよ」
「わけ……ですか?」
 一体何なんだろうとみんなが耳をそばだてるので、うちは胸を張って言ってみせた。
「うちのは……龍驤弁なんや」


 あれはうちがまだ正規空母だった時や。航空機による対地対艦攻撃の有用性が認められ、山本五十六閣下が先導して航空戦力を築きあげようとしてたんや。
 竣工したてで初初しかったなぁ。生まれも育ちも関東やったから、うちは標準語で喋っとった。
「今の練度では航空戦なんて出来ません。もっと、パイロットを鍛えるべきだと思います。それからでも深海棲艦と戦うのは遅くないんじゃないでしょうか?」
 当時、提督とは折り合いがわるくてな、いまいち自分の意見を押しきれなかったんや。
「しかし、現実は待ってくれないぞ。今の練度のままで戦ってもらうしかない。それに、戦場で経験を踏むほうがはるかにいいんじゃないか?」
「パイロットを損耗するだけです! 妖精さんはボーキサイトで修復しますが、それじゃあ可哀想じゃないですか!」
 今は妖精さんにも労基があって権利は守られているけど、当時は妖精さんに人権がなかったんや。使い捨てみたいなもんやね。
「軍隊では上官の命令が絶対だ。貴様には戦う義務がある」
「ぐぅ……わかりました」
 執務室の扉を丁寧にしめて、うちはしょんぼりしながら後にしたんや。そう、あのころのうちは弱虫やった。
 妖精さんの一人が頬につたる涙をすくってくれた。それがどうしようもなく情けなくってな。
「ごめんね。私、君達のこと守れなくて」
 涙をこらえてうちが廊下を歩いていた時や。別の執務室から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「なにゆうとるんですか! せやからいうたじゃないですか! こないな作戦、認可できへんって!?」
 ぶるっと来たね。とっても荒々しい関西弁やったんや。うちが所属してた鎮守府では聞き慣れない方言だったから余計に怖くて。
「ちゃんと、考えなおしてください! うちらは命かかっとるんですから!」
 バンっと大きな木の扉が閉まると、怒りを露わに出てきた艦娘がおった。
「うわっ!」
 前を向いとらんかったんか、うちはそいつとぶつかってしまったんや。
「いったぁ」
 ちんまい私は尻餅ついとったけど、そいつは平然と立ってた。そして、ゆっくりと手を伸ばしてきたんや。
「すまんね、前みとらんかったんや」
「いや、気にしないでください」
 臆病風に吹かれたのか、そいつの巨体が怖かった。今じゃあ、なれたもんやけどな。
「あんたは龍驤、やっけ」
 同じ空母として改装された戦艦。
「あなたは加賀さん、ですか?」
 恐る恐る尋ねたら、加賀はさっきまでの態度を改めてにまっと満面の笑みになった。
 
「え、加賀さん関西弁喋ってたんですか!?」
 不知火はたいそう驚いてみせた。他の駆逐艦の子らも不知火にならう。
「そうやで。加賀は神戸出身やったから、関西弁つかってたんや」
「今の加賀さんってすっごい丁寧な言葉を使うのに」
「せやな、今の加賀は綺麗な標準語を使ってる。それにはわけがあるんや」
 机を通して、みんな前のめりで私の話を待ち望んでる。話甲斐があるってもんや。

「加賀さんってすごいですね」
 一緒に加賀と組んで演習をしとった時や。演習前に準備を含めて加賀と話すことがあった。
「あんたもすごいやん。妖精さんたちにすっごい気に入られとるし。うちなんか怖がらせてばっかりやで」
「でも、加賀さんの子たちってすっごい統率とれてるじゃないですか。私には真似できませんよ」
 謙遜してみせると、加賀は不機嫌になったんや。どうやら、うちの気が弱いのが気に入らんらしい。
「自信もちいや。あんたが自信のうたら妖精さんがかわいそうやろ」
「う、うん。ごめんなさい……」
 完全にうちは萎縮してもうてな。でも、加賀は案外優しいところがあって、うちの頭を撫でてくれた。
「ごめんな。言い過ぎたわ」
「大丈夫です。本当のことですし……」
 うちがしゅんってなってるのを見て、加賀は自分のことを話し始めたんや。
「うちはな、自分みたいに大人しくて優しいのが羨ましいわ」
「え?」
 耳を疑ったわ。とっても大きくて、強くてきちんとしてる人にそんなこといわれるとはね。
「うちは主力の艦娘としてしっかりせなあかんと思っとるんや。でもな、その分強く当たってしまってな。悪いと思っとるんやけど、なかなか治らんのや」
 正反対の悩みを持ってるって分かったんよね。結構、加賀はナイーブなところがあるんやって。
「私だって、加賀さんみたいにもっと気を強く持ちたいです! でも、今の私じゃ難しくて……」
 がんばって提督とかに意見を述べようと思っても、結局流れてうまく言い出せないことが多かった。それが、当時としてはすっごい悩みでな。
「ほな、お互いに方言を取り替えっこするのってどう?」
「取り替えっこですか?」
 加賀の唐突な提案に私ははてなマークを頭に浮かべた。
「言葉遣いを変えたら性格まで変えれるんちゃうかな。ほら、地方によって性格ってちゃうもんやろ? 大阪はうるさい感じやけど、東京は丁寧な感じ、みたいな」
「いきなりそんなこと……」
 簡単に言うとったけど、うちにはとっても難しいことやった。だって、関西弁とまったく馴染みがないのにうまく喋れるわけないやんって。
 それに、唐突に自分の喋ってる言葉を変えたら他のみんなになんて思われるかって。
「今の自分を変えてみーひん? きっかけが大事やと思うんや」
 でも、その言葉はうちに勇気を与えてくれた。うちかて、気弱なままの自分じゃあかんって強く思ってたから。
「そ、それじゃあ。う、うち、がんばってみます!」
「その調子……ですよ」
 お互い、イントネーションはおかしかったけど、方言を交換することにしたんや。だから、加賀は標準語を喋って、うちは関西弁を喋ることにした。
 
「それからや、うちが関西弁を喋り出したんは」
 みんな口をぽかんと開けてほうけとった。他の艦娘にはあんま喋ってなかったし。初めての話でびっくりせざるをえんやろうな。
「龍驤はんの関西弁がちょっとおかしい理由はわかりました」
 黒潮が納得したみたいでよかったわ。やっぱり、関西人にとっては、うちの関西弁はおかしいままなんやな。
「でも、龍驤さんはなんで自分の言葉を龍驤弁っていうんですか?」
 不知火が話を戻してきたので、うちもそれに応えてみせた。
「それにもわけがあってな」

 うちと加賀は方言を変えてみせた。他の人達には不自然がられたけど、だんだん慣れ親しんでくれたんや。
 そのかいあってか、うちらの性格はちょっとずつ変わってきた。うちは少しだけ気が強くなれたし、加賀は冷静に物事を見れるようになったし。
 加賀は上手いこと標準語で喋ることが出来たけど、うちは関西弁が上手くなれんかった。加賀にはアドバイスとかしてもらってたんやけどな。
「なんか恥ずかしいなぁ。どうやったら、ちゃんとした関西弁が喋られるんやろう?」
 加賀にそんなことを言うたら、意外な一言を言われたんや。
「龍驤さんのは龍驤弁ということにしておいたらどうですか?」
「龍驤弁? なにそれ?」
「あなたの方言ですよ」
 いきなりそんなこと言われてもってな感じできょとんとしとった。
「あなただけの言葉。あなたを言い表すにはもってこいでしょ?」
 ふふっと笑う加賀の顔はなんだか楽しそうやった。うちも、龍驤弁の響きがなんとなく気に入ったんや。
「せやな、うちのは龍驤弁や!」
 ちょっとおかしな関西弁かもしれんけど、うちは龍驤弁を名乗ることにしたんや。自分というアイデンティティを表すにはいい言葉やろ?
 
 だから、うちが喋る言葉は関西弁やない、龍驤弁や。
 
 おしまい

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