大井っちは不器用だ

 星空が隠れた夜に、二段ベットの下から語りかけてきた。大井っちの甘ったるい声だ。私は聞き慣れてるれど、阿武隈が言うにはとっても媚びているらしいね。私はそんな感じしないんだけどなー
「ねえ、北上さん!」
 ちょっと興奮気味なのか、大井っちの声は少し上ずってる。なにか楽しいことでもあったのだろうかといつも思うけど――
「北上さんと同じベットで……グフっ!」
 相変わらずというか、大井っちは自分の世界の私に向き合うのが好きみたいだね。私だけど私じゃないみたいな。
 だって、大井っちが求める私って理想の彼氏みたいなものだし。少しだけ荷が重い感じがするよねぇ。
「私も大井っちと一緒に寝られて楽しいよ」
 何気ない一言だった。けれど、本心であるのは間違いないね。私も大井っちといると飽きないし、姉妹として仲がいいと思ってる。
「そんな、北上しゃん……ぶはっ!!」
 何かが盛大に吹き出した音がした。一体何なのかはこの際考えないほうがいいのかもしれないね。
「どうしたの、大井っち? 大丈夫?」
「大丈夫! 大丈夫です、北上さん!!」
 本人が大丈夫と言ったら大丈夫なんだろう。大井っちはいろいろ問いつめられると切羽詰まって困るタイプだから、ここは聞かないほうがいいんだよねぇ。
 なんだか、はあはあと生暖かい息がこちらにも届いてきそう。すっごく、息を荒げている。大井っちが興奮しているみたい。
 でも、私は気にせずに体をゴロンと横にして眼をつぶることにした。布団の生暖かさが脊髄を刺激して眠りへと誘ってくる。
 阿武隈は媚びているっていうけれど、私にはそう感じない。だって、大井っちはすっごく無理をしているんだもの。
 

 姉妹艦はすっごく仲のいい子ばっかり。それが恋愛感情を織り交ぜてる子も多いねぇ。大井っちも私のことが好きなのはわかる。けれど、それが恋心とは到底思えないんだよ。
「ねえ、大井っち?」
 食道で唐揚げ定食のキャベツをつまんでいる時。私はその隣でお行儀よくご飯を食べている大井っちに話しかけてみた。
「な、なんですか、北上さん!!」
 特に喋ることはなかったんだけど、なんとなく。いつもなら大井っちは私を飽きさせないようにたくさん話題を作ってくれるけど、今日に限ってそれがないからさ。
「間宮の新作スイーツ、サツマイモのジェラートって試した?」
 サツマイモのアイスが好評だったのか、間宮さんが次の新作を作った。私はまだ試していないけど、おいしいらしいね。女子力高い大井っちなら試したんじゃないかって。
「いえ、まだですよ。だって……北上さんと食べたいから!!」
 そっと私の箸を握っている手に大井っちの両手が覆いかぶさる。すっごくふんわりしてさわさわとする。
「そうかぁ。今度一緒に行こうよ」
「は、はい……」
 今日に限ってはしおらしい。いつもなら『はい! 絶対絶対、絶っっっ対! 行きますから!!』とか熱烈に言ってくれるはずなのに。変な大井っち。
「大井っち、熱でもあるの?」
「ふぇ!?」
 大井っちのおでこはとっても綺麗。前髪を手の縁でめくって、こつんと私は額同士をこすりあわせた。
「うーん、やっぱり熱い」
 どんどん大井っちの体温が上がっている。目を開けると大井っちが私の目と目を合わせていて、瞳孔が狭まっている。鼻息が私の口元にあたって、ちょっと湿っぽい。
「ななな、なんでもないです! さあ、早くご飯を食べてしまいましょう!」
「うーん、そうだね」
 軍隊の食事の時間は極端に短い。それは鎮守府だって同じ。私は急いで唐揚げと味噌汁をかきこんだ。ちょっと、食道が痛いねぇ。
 
 大井っちと歩いている時に、キスをしている艦娘を見つけた。鈴谷さんと熊野さんだ。桜の木の下、木漏れ日の中で隠れてしている逢瀬。あたり一面に百合が咲いているような幻覚が見えたよ。
「あらら、しびれるねぇ」
 したり顔でニマニマしている私と違って、大井っちは顔を臥している。こんな時、大井っちなら目を輝かせてきゃっきゃとはしゃぎたてるのにね。
「え、ええ。そうね……」
 クリーム色のスカートをぎゅっと握り、見ていて恥ずかしがっている。やっぱり、しおらしい。荒ぶるイノシシのような勢いが足りてない。
「今日はなんだかおかしいね、大井っち?」
 ぎゅっと握っている大井っちの手が離れた。そのまま胸に手を当てて、大井っちは半身引いている。
「ち、違うの北上さん……その。えっと……」
 言葉が告げ足せないのか、大井っちはしどろもどろしている。
「とりあえず、行こ。大井っち」
 私は開いている右手の方に手を持ち替えした。大井っちはなんだか正直になれないみたい。でも、私の手を握る大井っちの手はとっても温かい。
 未だにキスを続けている二人を置いて、私たちはそそくさとその場を立ち去った。二人ともバレなきゃいいだろうけど、私達にバレてるってことは他の子も見てたかもね。
 
 大井っちが私のことをすっごく愛してくれている。その愛は人によっては重いし、一方通行で恥知らずと言うだろうけど、まんざら私は悪く無いと思ってるよ。
 だって、大井っちは不器用なんだもん。他の子にはきつく当たるのも、自分の弱さを隠すためだ。本当は優しくて繊細な心の持ち主だけど、それゆえに自分を傷つけられるのがとっても怖い。だから刺々しくして周りと距離を置こうとしている。
 私にだけ距離を縮めているのは、姉妹だからだと思う。本当にすがれるのは私だけだから、盲目的な愛が生まれているんじゃないかねぇ。
「北上さん……好きです」
 誰もいない廊下の隅っこで、私の背後から抱きついてくる大井っちは柔らかい。じっとりとした暖かさが伝わって、大井っちの強い思いがのしかかってくる。
「北上さんは、私のことをどう思っているんですか?」
 とってもずるい言葉。大井っちはずるいことを承知でこういうことを尋ねてくる。嫌いなわけないじゃん。
「大井っちのことは好きだよ」
 意趣返しをした。大井っちが求める答えとは違う言い訳。それが、北上である私だから。
「そうじゃないんです! そうじゃ……」
 今日に限ってすっごく食いついてくる。最近、大井っちがもじもじとしていたことはこの事だったんだろうねぇ。
「ねえ、大井っち。こんな話を知っている? 二匹のペンギンの話」
「ペ、ペンギンですか?」
 大井っちがペースを崩されて慌てている。私はそこにこじ開けるように話を続けた。
「北極にいるペンギンのなかには同性を好きになる個体がいるんだよ。そのペンギンも同性のペンギンが好きになったんだね。でも、それは姉のペンギンだったんだ」
 今、私が勝手に作ったお話。自分が思ったことを頑張って伝えるために、回りくどい道をとってみんだ。
「羽を広げて求愛行為をしてみたり、石をプレゼントしてみたけどだめだった。ある時、ペンギンは気づいたんだ」
 私はぐっと息を吸い込んで、突き放す言葉を用意した。
「自分の愛は姉妹愛と勘違いしたんだって。それは、姉にとっても姉妹愛としか捉えていなかったって。なぜなら、好きになるってことは、愛するってことは……自分に正直になることだから」
「私は正直にっ!!」
「大井っちが本当に私のことが好きなのは知っているよ。でも、私は大井っちに選択しを狭めてほしくないんだよ」
「な、何を言っているの?」
 大井っちが私のことを好きなのは、姉妹艦としての愛だけじゃないのも知っている。純粋に恋愛観を抱いていることも知っている。
 けれど、それは恋愛とは違う。違うと思うんだよ。
「大井っちは自分のことを強いと思っているかもしれない。けれど、私にとって大井っちはすっごく弱いんだ。だから、私は大井っちを好きになったんだよ。私にとっては姉妹愛に似た感情なんだ。守ってあげなきゃって。大井っちは私に弱さを埋めようとしていたんだよ。不器用だから、孤立しちゃいそうだから私を好きになったんだ」
「違うわ! 嘘よ、嘘よ! 北上さんを好きなのは運命なの! 私は、北上さんの妹として生まれてとっても光栄だわ! でも、妹としてじゃなく、一人の女の子として北上さんを愛しているの!」
「大井っち、涙を拭いてよ」
 ぐしゃぐしゃに泣きわめく大井っちの頬をハンカチで拭うと、私はその手首を握られた。
「北上さんだって、なんで泣いているんですか?」
 そういえば、気づいてなかった。なにやら私の目頭も暑くなっていて。
「それは、大井っちなら分かってくれるでしょ?」
 更に追い打ちをかける言葉を言っちゃったよ。本当は真意じゃないのにさ。
「卑怯ですよ、北上さん」
 私だって、大井っちのことが好きなんだよ。姉妹じゃない、女の子として。
 
 純粋で一方通行な愛が良いってわけじゃない。姉妹愛が混ざってる愛はおかしいってわけじゃない。ただ、それだけじゃないって考えて欲しいだけ。
 大井っちが提督を見ている時に感じる愛を私が知らないわけじゃない。きっと、大井っちにはまだ選択肢があるんだからさ。
 私だけを見ていて欲しいっていうのはあると思う。けれど、それだけじゃ嫌なんだよね。
 大井っちにはきっと、他に愛するということが出来ると思うんだよ。だから、私は姉として大井っちを突き放さなきゃいけない。
 弱いから、他の人と分かり合えないから私という支えを求めているんだよね。それで、恋愛というものを盲目にして、歪な形をしているんだよ。
 私に意気地がないっていわれちゃそのとおりなんだけどね。でも、良いじゃない。
 大井っちはとっても弱くて不器用な女の子。でも、大井っちは自分で立ち上がれる女の子なんだから。
「北上さーん!!」
 グラウンドのベンチでラムネを飲んでいる私に大井っちが駆け込んできた。
「ジェラート食べましょう! 約束してたでしょ!」
「そういえばそうだね」
 私はよっと腰を上げて、大井っちが差し出す手を握った。
「行きましょう!」
 そのまま、ぐっと引っ張られて私は足をつんのめる。
「大井っち強引だよ」
 私が困った顔をすると、大井っちは気持ちのいい笑顔をしてみせた。
「北上さんは私が引っ張らなきゃいけないんですもの!」
 予想外だなって思ったよ。でも、大井っちらしいね。私を引っ張ってみせるなんてさ。
 別に悪い感じはしない。大井っちが出した答えなんだろうね。私をその気にさせようと強気に出るのは。
「それじゃあ、行きますよ北上さん!」
 私は大井っちが好きだ。その不器用で不完全な恋心が。

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