C89艦これ短編集 サンプル

C89で委託させていただきます。コピー本です。
2日目東P-26a マンボウは美味しい白身よ
他二話(那珂・蒼龍)含んでおります
委託させていただいた黒崎まんぼう氏には感謝

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◯如月アテンション

 日に日に上がっていく燃料弾薬の数値を目の前に、私は執務室であぐねている。戦艦や正規空母といった金食い虫が増えたため、やることがたくさん増えてしまった。
 タイプライターで描かれたお行儀の良い文字列が非常に憎々しく思える。執務室に缶詰の私には慣れたことだが、やはり気に食わない。
 けれど、艦娘達のように最前線で戦うというわけではないので、事務的な仕事を他に任せるといったことはしたくない。時折、秘書官の者に手伝わせることがあるが、仕事を奪われている気がしてならなかったりする。
「司令官、遠征のレポートまとまりましたよ?」
 第3艦隊旗艦の如月が1杯のコーヒーとともに資料を私に手渡す。少しだけ潮風で傷んだ髪から、女の子特有の甘い香りが漂ってきた。
「あ、ああ。すまんな」
 手渡された資料に目を通しながら、私は如月に入れてもらったコーヒーを口にする。ズズズと音を立てて啜ってしまうのは日本人の癖だろうな。紅茶を強く勧める金剛の作法とはまるで正反対だ。
「あら、司令官ったら。お行儀悪いですよ」
 流れるようなほほ笑みとともに、私の頬を撫でる如月。その手つきはつつつと頬をなぞる。顎にたどり着いた如月の指先は、私の下顎をいやらしく擦り上げた。如月の指の腹が、優しく肌を押し上げているのがよく分かる。
「かわいい……」
 気持ちの良いくすぐったさがピリリと流れる。胸の奥がわしっと掴まれる感じがした。この鎮守府で、女に囲まれた私はある程度耐性があると思っていたが、如月の色っぽい雰囲気は未だになれない。
「な~んちゃって」
 自分の頬に手を当てて、私をからかうように笑ってみせる。男をからかうのが手馴れているんじゃないだろうかといつも思う。海岸線を歩く野良猫をこますように、非常に上手だ。
「なあ、如月」
 少しだけ、私は言葉に力を込めてみた。もちろん、他意はないのだけれど、弄ばれた男のプライドが引っかかったのだ。
「なにかしら、司令官?」
 うふっと品の良い笑みを浮かべる如月には余裕があった。とても様になってる美しい表情だ。水商売の女でも、このような雰囲気は醸し出せないだろう。
「貴様は駆逐艦だが、男をからかうのに慣れているな」
「えっ……」
 失言だったのだろうか。如月は緩めていた表情を少しだけこわばらせていた。見えない圧力の掛かった空気が肌を刺激する。
「いや、貴様の一挙一動が非常に……なんというか色っぽいのだ。艶やかというか。それが悪いということではない」
「それは……」
「ああ、他の駆逐艦たちが子供っぽいだけで、貴様は大人びている。それはとっても良いことだと思うぞ。しかし、貴様の言動にいつもドキっとしてしまってな……」
 口から溢れるように、私は如月の動揺も考えずにこぼしてしまう。如月は表情を変えないようにしているが、じわじわと寂しげな感情が伝わってきた。
 言い過ぎた。これには私もフォローを入れなければならないと、続け様に言う。
「ああ、私がまだ男として未熟なだけだ。忘れてくれ」
 とても恥ずかしい告白をして、私は如月から顔を逸らした。彼女の顔を見るのがこっ恥ずかしいからだ。見るものが見れば非常に情けないだろう。日本男子として悖ることだ。
「わかりました。とりあえず資料はお渡ししましたので戻りますね」
 ねっとりとした如月のしゃべり方が、すこしカサついているようだった。それは私へのあてつけなのだろう。
 非常に失礼な事をしてしまったと、私は小さな後悔をした。今度、何かしらプレゼントを用意して謝ろう。女性の多い鎮守府では、小さな火でもきちんと消さなければ大きな問題になるから。

 朝方の事だった。私がいつものように執務室の机で作戦の計画書を吟味している時だ。
 なんとも顔色の悪い睦月が、おどおどと私のところにやってくる。
「どうした、睦月。何か話したいことでもあるのか?」
 机の目の前で肩肘を伸ばして両手をつき、睦月ははあはあと大きなため息を付いてみせる。比較的自分に貯めこむタイプの艦娘なので、なにか重要な事なのだろう。私は少しだけ身構えた。
「気にすることはない。小さなことでも話してみろ」
 軍人として、上官として。私は威厳のある人間としての役を担っている。本当はもっとフランクに話せたら良いなと思うことはあるが、役を演じるのであれば初志貫徹でなければならない。
 睦月は涙目になりながら、私にクリティカルな告白をしてみせた。
「如月ちゃんのしゃべり方がおかしいんです!」
「それはどういうことだ?」
 心当たりがある私には、なんとなくあたりが付いた。
「なんか、とっても無理しているというか」
「具体的には?」
「いつもの大人っぽいしゃべり方じゃないんです! もっとこう、子供っぽくしているというか。他の駆逐艦の子みたいなしゃべり方をしてるんです……」
 ああそういうことか。少しだけ、私は軍帽の鍔を下げて、この厚顔無恥な顔を隠してみせる。
「それは私の責任だな」
「ふぇ?」
 どういうことなのだろうと不思議がっている睦月に、私は強張った表情で頼み事をした。
「如月を呼んでくれないか? 謝りたいことがあると伝えてくれ」
 勘違いをしたのか、睦月はとても不安そうな顔をしてみせる。如月が怒られるとでも思っているんじゃないだろうか。なので、誤解がないように肩の力を抜いて、私は不敵に笑ってみせた。

 私の机を挟んで、背筋をぴんと伸ばして佇んでいる如月。軍人としては良いのだろうが、いつもどおりの柔らかさを感じない。
「どうしました、司令官!」
 無理やり元気を作って、言葉尻を強く言って見せている。暁型のような、小柄で元気な感じというか。
「なにか私、粗相をしました?」
 わざとらしく、可愛らしく。ぐっと斜めに首を傾げる?
「如月、私が悪かった……」
「何のことです? 私、何もされてませんよ!」
 満面の笑顔でハキハキと喋る姿に、私は強い罪悪感を感じた。
 如月の個性を否定した私は大罪人だ。個性派揃いの艦娘に対して、非常に失礼なことをしてしまったのだ。
「如月、いつものしゃべり方に戻って欲しい」
「私は駆逐艦らしくしているだけですよ! 何の問題もないです!」
 にこっと人差し指を頬に挿して、無邪気さを演出しようとしているが様になっていない。ただの痛いぶりっ子だ。いや、ぶりっ子というレベルにすら達してないのかもしれない。
「なあ如月」
「なーに、司令官!」
 あくまで態度を変えない如月に根負けして、私は軍帽を脱ぎ深く謝った。
「すまん。貴様の気持ちを考えないで」
「やだなあ、司令官! 私はいつもの如月ですよ!」
 クルッと左足を軸にしたピルエットが、如月のクロムグリーンのスカートをはためかせる。
「どーです、どこも変わっていないでしょ!」
「変わっている」
「どこがです?」
「私が好きな如月じゃない」
「何を言ってるんですか? 私の何が分かるって言うんですか?」
 その言葉にカッと来たのか、如月は表情を一切変えずえらい剣幕でまくし立ててきた。
「司令官の好きな私がどのようなものかは存じ上げませんが、私は私です」
「間違ったことを言ったのは謝る。ただ、貴様には――」
「そもそも、なんで私が変だって言うんですか? いつもどおりにしてるだけじゃないですか? 駆逐艦らしくしてるだけじゃないですか?」
「私はただ、私の心を小悪魔的に弄ぶ貴様が大好きなんだ!」
「………」
 すとんと表情をかえて、私をじっと睨む如月。そのプレッシャーは女の執念を感じる。けれど、その複雑な方程式を解く術を知らない私は、つっけんどんに返していく。
「貴様は私のことをいつもたぶらかせて、それっぽい仕草をしてみせる。非常に心を揺さぶられて、気が気でなかった! だから、男の沽券に関わるとも思った。けどな、貴様の艶やかな言葉遣いや仕草がたまらなく愛おしいんだ。いつものように、私の頬をなでてくれ、優しく耳元に囁いてくれ。私はそんな貴様を愛している」
 きょとんと呆けた顔をしている。それは私も同じだ。口からこぼれた言葉は本音であり、言い逃れをしようとは思わない。ただ、嫌われたくないという強い気持ちはあるが。
「ふふ……」
 如月は薔薇のつぼみのような口を小さく指で覆い、いつもの様に上品に笑ってみせた。
「あははは!」
 かと思えば、大胆に笑い声を上げてみせる。
「司令官……」
「な、なんだ?」
 恥ずかしがり屋な私は目を伏せて、如月のありがたいお言葉を聞いた。
「初々しくってかわいいわ。見とれていたら、やっちゃうわよ?」
 右手の人差し指を私に向けて、ばんっと小さく拳銃を撃つ真似をする。その銃弾は飛んでこないにもかかわらず、私の心に大きく突き刺さった。

 しかしまあなんというか。力技だったように思える。普通なら、無視されるであろう言葉も、如月は許してくれた。
 これは多分、如月も私に心を許してくれてたからであろう。だからこそ、あんな事を言ってしまって、彼女をひどく傷つけた。
「ねえ、司令官お疲れなの?」
 私の膝下にのしかかり、両手を肩にのせてぐっと顔を近づける。舐めとるような視線で、如月の瞳が潤んだ。
「一緒に私とお布団でおねんねする?」
 びくっと私の膝が震えているのが分かったのか、したり顔で如月は微笑み返す。
「な~んちゃって。もぅー、司令官も好きなんだから……」
 人差し指の腹を自分の唇に当てた如月は、その指を私の唇に重ねた。
「かわいい……」
 流し目で、私の元からゆっくりと立ち去る如月の残り香は、やはり女の子特有の甘い匂いがした。

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