月餅

そそわより転載

 春風が淡いピンク色の花弁を巻き上げていく。清閑な白玉楼の桜並木が黄昏れていく。
 白木の縁側で緑茶をすすりながら私が丹精込めて管理している庭園を眺める鈴仙さん。半袖のYシャツに紺色のプリーツスカートといったラフな服装。耳をぴんと立てて、いつものように朗らかな表情なのだけれど、どこか刺があるように思えた。小粒の山椒のようにピリピリとしていて、いつもの様に軽口を叩いてくれない。

 私は鈴仙さんに頼まれたとあるお菓子を作っていた。大所帯の白玉楼の食卓を支える広いお台所の隅っこで、白い割烹着と頭巾に見を包む私は湯気立つ鍋と睨めっこをする。グツグツと鍋が煮えた音が鼓膜を弾く。
 薄力粉を元にバターや水飴、卵などを混ぜあわせた生地を引き伸ばし、そこに胡桃を砕いた物を混ぜたこし餡を包ませる。それを鍛冶屋の妖怪に作ってもらった、花模様に模られた鉄板の型に入れて20分ほどオーブンで焼く。
 そうすれば、中国のお菓子“月餅”の出来上がりだ。牡丹に幾何学模様が刻まれた、焼き加減の良さを表す焦げ茶色が食欲をそそる。餡の甘さがドロっと鼻を蕩けさせる。我ながら良い出来だと確信した。
 中国由来ということで、人里では知られていないお菓子のようだ。カステラはあるのに。
 幻想郷中の和菓子屋さん駆け巡った鈴仙さんは月餅が食べられず途方に暮れていたみたいだ。偶然、私が邪仙からレシピを聞いていたので作ることが出来た。中々、愛嬌のある邪仙なので無碍に出来ないのが玉に瑕である。

「うん、美味しい!」

 色白な両手の指先で子うさぎのように可愛く月餅をちまちまと口に運ぶ鈴仙さん。彼女の仕草はいつも通り素敵だった。耳の先を秋風に当てられた麦のように揺らして、少し赤く染まった頬をほころばせて。
 今日は特にお月見の日ではなかったはずなのになんで鈴仙さんは私に月餅を頼んだのだろう。優れない表情の理由も知りたかった私は鈴仙さんに尋ねた。

「今日はどうして月餅を探していたのですか?」

 赤い瞳が少し見開くが、顔を緩ませて答えてくれた。

「月餅は戦場に行く前の景気付けだったのよ」

 そう応える鈴仙さんは笑顔なのだけれど、眦を落としていた。なにか気乗りしないといった表情が作り物の笑顔から伺える。

「地上では月見のために食べられていたものかもしれないけど、月では玉砕覚悟を貫くための儀式的な食べ物だったの。
 お供え物である餅を自分の口にふくむことで、月社会に殉じるっていう意味があってね。もちろん、本物のお餅はとあるお方への献上品だったから食べれなかったの。その代替品が月餅。餅って名前が付いているけど、お餅じゃないからね。
 私はあの時、一緒に前線へ行く友達と泣きながら一つの月餅を分けて食べたけど、結局私は戦場からは逃げちゃって……」

 もともと争いを好まない鈴仙さんにとって、昔を思い出すものだから避けたいことだったのかもしれない。けれど、それでも月餅を口にするということは鈴仙さんなりの意志表示なのだろう。ぎゅっと強く手を握る鈴仙さんの右手が弱々しかった。

「今度の異変は月に関することなの。敵が何を目的としているかはわからない。月の社会特有の選民思想が働いているのか……浄化を目的としているのか。
例えなんであろうと、私達の家や家族を穢されることだけは避けたいの」

 スカートの中から羽の付いた短銃らしきものを取り出す。おもちゃのようなものだが、月の技術で作られたオーバーテクノロジーの産物なのだろう。鈴仙さんはその短銃の銃把を両手でぐっと握り私に振り向いた。

「戦うために昔の道具引っ張ってきて。なんだか悲しいね」

 心のなかの憔悴を零す鈴仙さん。肩が少し震えているようだった。そんな彼女に私なりの言葉を唱えてみた。

「戦うんじゃないですよ。守るんです。そのほうが楽じゃないですか?」

 詭弁だとは思うけど、それが私のスタンスだった。もちろん、幽々子様に誓って戦うということを臆するということはないのだけれど。
 心なしか少しだけ笑顔が戻った鈴仙さんは半分だけ食べ残した月餅を私の口にへと誘う。

「月餅って仲良くしたい人と分けて食べるのよ。さあ、一緒に食べてよ! あーん!」

 私は口を大きく開けて、鈴仙さんの月餅を一口で食べた。少しだけ鈴仙さんの指を口に含んでちょっとしょっぱい感じがする。
 私もあなたの覚悟を背負わせて欲しい。そういう気持ちで甘くて脆い月餅を口の中で溶かしていく。

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