さとり妖怪の嘘の使い方

 嘘を使うことの出来る生き物は嘘をつくのは悪いことだと、親に言われずとも分かるものである。けれど同時に、誰に言われずとも嘘をつくほうが良いことも知っている。そして、嘘を見逃す嘘も大事な嘘だということも知っている。

さとり妖怪の嘘の使い方

 私、古明地さとりはインドアな妖怪だ。地霊殿に引きこもって、ペットと遊んだり、本を読んだり、薔薇に水やりをしたり、小説を書くのが日課である。
 いつものように、私は書斎で小説を書いていた。旧地獄に生息している懸樹で出来た洋風机の前で私は妄想に花を咲かせていたのだ。
 ストーリーはこうだ。私の妹、こいしが外の世界で冒険をするお話。無意識で動く彼女が、孤独で人恋しい人たちの友達になるというお話である。
 お気に入りの蒼い万年筆が良く進む。薄茶色のマス目が刻まれた白い原稿用紙に、書き込んだ文字が踊るさまはとても気持ちが良いものだ。
「ふぅ。熱中すると時間を忘れてしまうわね。いけない、いけない」
 紅い壁上にこしらえられた茶ボケた大時計がカチカチと針を進めている。気がつけば、夜の8時を過ぎていたようだ。
「あら、ご飯の時間はとうに過ぎているのね」
 いつもなら6時にお燐が書斎に来て、夕飯の支度が出来たと伝えに来てくれる。だが、今日は書斎にお燐が来た覚えがない。
「うーん、忘れてしまってるのかしら」
 私もご飯の時間を忘れるほどに熱中していたのでお相子かなと納得し、足先をスリッパに入れて食堂へと向かう。


 食堂では既に片付けが始まっていたようだ。お空とお燐が率先し、ツキノワグマやコウテイペンギンなど他のペット達が食器を片付けたり、レースが端々に編み込まれている白いテーブル掛けを台拭きで拭いたりしている。私のことはすっかり忘れられていたようだ。
「あの、皆さん。私のご飯はどうしたのでしょうか?」
 入口付近で立っている私に、ペット達がぎょっとした表情をしてみせる。ハシビロコウに至っては鋭い目に磨きがかかっていた。
 第三の目からペット達の焦りの波長がじわじわと響いてくる。
「これはその……お声はかけたんですけどね……」
 汚れた食器を銀の台車に載せていたお燐がバツの悪い顔をしてみせる。
(しまった! さとり様を呼ぶの忘れてた……久しぶりにステーキが食べられるからって、お空と一緒にはしゃぎ過ぎちゃったし……さとり様に嘘までついて何をしているんだあたい!)
 他のペット達も、今日の献立がステーキだったということもあり、喜びの余り私のことを忘れていたそうだ。
(ワインベースのまったりとしたソース滴るヒレステーキが絶品だったなぁ。赤みもいい感じに引き締まってたし)
 ステーキの感想を第三の目で覗いていると、ヨダレが口の端から零れそうになる。
 微笑みを絶やさない私と対して、悪い空気が食堂を埋め尽くす。ペット達はだんまりを決め込んでしまったようだ。
(ご主人様を忘れて、先にご飯を食べちゃったなんて……どうしよう)
 私に忠誠を誓っているペット達にとって、主人を忘れてしまったというのは由々しき事態であった。加えて、主人よりも先にご飯をいただくというのは無礼にも程があった。
 ペット達は簡単には謝れず、なんと申し開きをしたらよいかと各々悩んでいる。
 肩を震わせて今にも泣きそうなお燐の前へと私は寄る。びくりとする体を、私は両手で優しくつかんだ。
「お燐、ごめんなさい」
「え?」
 唐突な謝罪に、おりんはきょとんとする。私は眉尻を下げて、申し訳無さそうな表情を作った。
「声をかけてくれたのに反応しなかったのは、私のせいだわ」
「あ、いや、その……」
 声をかけた覚えはないのにと焦るお燐の心の声が聞こえる。
「今後は気をつけるようにするから、ね?」
 お燐は状況をつかむまでに時間がかかったが、私の意図を理解すると頭を軽く下げて返した。
「はい。あたいもちゃんとさとりさまを食卓に呼べなかったのは申し訳ないと思います。以後気をつけます……」

 心が読める私に嘘は通用しない。しかし、だからといって相手にとって都合の悪いことを暴くのは良くない行為である。暴かれた当人にとっては不快であるのは明白だからだ。
 私によって嘘を暴かれた人が、自分の嘘を隠すために私が嘘をついていると周囲に言いふらすことがあった。嫌われ者の私は村八分にされやすかったので、逆に“嘘つきさとり”と私が罵られることも少なくはなかった。
 だから、私は嘘を見逃したり、嘘をついたりすることを学んだのだ。嘘をつくことで穏便に済ませられることはいくらでもあるのだから。

 夕食後に旧都でお酒でも引っ掛けようと私は歩いていた。
 表面に光沢のある薄桃色の靴をカツンカツンと鳴らしながら、私は馴染みのバーへと赴く。
 紅いチューリップが描かれたステンドガラスが嵌めこまれた分厚い扉を開く。備え付けられた鈴の音がカランコロンと鳴り響いた。
 白熱電球の暖かい光が、地獄の三ツ辻の樹で出来た茶色い木造の店内を薄暗く照らしている。
「いらっしゃい、さとり様」
 バッタ男のマスターが声をかける。
 カウンターの端に、寝込んでいる人物がいた。小さくうめき声を上げなら、沈んだ感情を発している。
 胸元がはだけだ水色の着物に風に揺られる稲穂のような枝垂れ髪。花魁のような格好をした星熊勇儀だった。
「勇儀さん、どうしたのかしら?」
 銅のコップに淡黄色に透き通った酒を注いでいるマスターに尋ねた。
「パルスィさんに浮気を疑われたみたいでね。一方的に貶されてこのザマですよ」
「パルスィさんはどこに?」
「言いたいことを言い終わったら、帰ってしまいました」
「あらら。困ったものですね」
 嫉妬深い彼女のことだ。ありもしないことまで勇儀にぶつけたのだろう。
 嘘が大嫌いな種族である勇儀には、濡れ衣ほどプライドを傷つけられる物はなかったはずだ。それなのに、黙ってパルスィの言葉を受け止めてあげたのだろう。
 そっと席を勇儀の隣へと移す。私が近寄ってきたのがわかったのか、私の方へと振り向くがすぐに伏せてしまった。
(私は嘘なんかついてないのにさ……)
 心のなかではパルスィの理不尽な仕打ちにやきもきしているようだった。豪放磊落な彼女でも、好きな人に疑われるというのは堪えるようだ。
「勇儀さん。私はあなたが嘘をついていないのはわかります」
 勇儀の丸まった背中に、そっと優しく手を添えて慰める。
「心を読める私に嘘は通用しません。私は勇儀さんの味方です」
 頷くようにコツンと、勇儀は自慢の紅い一角を机に当てて見せた。
 酒を出しそびれたマスターが、私の手元にコップを置く。取っ手を水滴に濡れた指で摘み、私は勇儀の顔近くへと持ってきた
「モスコミュールです。私のおごりですよ」
 ジンジャーの色がよく効いたこのカクテルは、“喧嘩をした後は仲直りが出来る”という意味が込められている。今の状況にうってつけだ。
 勇儀はそれを手に取ると、グッと喉を鳴らして飲み干した。

 嘘つきと罵られることはとてもつらいことだ。自分を否定されるのは誰だって苦しい。
 だから、心を読める私は嘘つきと間違えられた人に対して味方になることが出来た。

『私はあなたが嘘つきじゃないと知っています。だって、私はさとり妖怪ですから』

 多かれ少なかれ、嘘を使える生き物は嘘とのつきあいかたを心得ている。
 さとり妖怪の私もこれに準じるわけだ。

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