うちの陸奥はポニーテールのようです

 予め肩まで伸ばした栗色の髪を後頭部から靭やかな指で掻きあげて、髪の一本一本が宙へと弾ける。サラサラと流れ落ちる枝垂れ髪を貝であしらった桜色の髪留めで留めて、一本の髪の束を作る。馬の尻尾のような一本の髪の束を。私に見せつけるように。


 うちの陸奥はポニーテールのようです


 私の初恋は藤の柄の紅い着物を着た艷っぽい女だった。茶色い袴と革のブーツを履き、凛と咲く乙女の様相だった。
 初雪の降る薄暗い曇天の商店街で、しゃなりと赤銅色の唐傘を持って歩く女に、中学生だった私は心を鷲掴みにされた。
 黒い学生服に身を包んだ私には憧れのような、高嶺の花のように思えた女。きっとお近づきにさえなれないのだろうとため息をつく。
 じっと私は麗しきその横顔を眺めていた。頬を赤らめぼおっとしていた私に気づいたのか、その女はニッコリと妖艶な笑みを浮かべ、釘付けされた私の目線から過ぎ去っていた。

 その女の名前は陸奥。当時では珍しい艦娘の一人だった。

 私が提督に着任してからのことだった。兵学校を出てたての、お坊ちゃんというに相応しい頃の話だ。あの時は何事にも青かった。
 私は憧れの女に会うことが出来た。妖精さんに頼んで建造した艦娘の中に、陸奥がいたのだ。運命の引き合わせだと手が震えた。
 姿形は同じでも、あの頃の女とは違う。私はそう強く念じていた。割り切ろうとしていた。
 だが、幼心に根付いた初恋が目を覚ましてしまったのだ。雪解けの若葉のように。私は陸奥に再度、惚れてしまった。

 最初期からいた叢雲はあの頃の私のことを辛辣に評価している。

「明らかに陸奥を贔屓していたわね」

 他の艦娘に訝しがられるほどに、私は陸奥を愛していた。それでも構わないと、私は臆面もなく呆けていた。
 食事をする際には同席するようにしていたし、ビリヤードや映画鑑賞など遊びにも連れて行った。逢引らしいことをしたかったのだ。だが、面と向かって逢引をしたいと言えず、私は上官としての地位を利用していた。
 秘書官にして一緒にいる時間も増やした。立派な旗艦になってもらおうと、陸奥の望むままに演習に参加させた。大規模な作戦にも参加させた。強くなることを喜ぶ陸奥だったが、私は彼女が沈んでしまわないかと心配でならなかった。
 私の特別な思いを察していたのか、陸奥もまんざらではないようだった。私のアプローチに屈託のない笑顔で返してくれたし、それが私の中の恋心を燃やしていったのも事実だった。

 しかし、陸奥は私の中の初恋に気づいていた。
 私は事あるごとに、藤の柄の着物を勧めていたからだ。

 だが、陸奥は「私にはこの着物は似合わないわ」と断りを入れていた。私にはそのことがどうしても堪らなかったのだ。

「頼むから着て欲しい」

 私はそうやって陸奥にせがんでは、着物を着てもらうことにしていた。非常に情けない話なのだが、当時の私には譲れないことだったのだ。
 陸奥は笑みを壊さずに私の願いを聞き届けてくれた。私はその優しさに甘えていたのだ。
 この頃からだろう、私や周りの制止も聞かずに陸奥が髪を伸ばし始めたのは。
 私は陸奥に手を出そうとは思わなかった。既のところで私は理性を保っていたのだ。いや、初恋とは違うことを自覚していた。周りの艦娘にも申し訳ない気持ちもあったからだ。
 海の男として、勇ましさのかけらもない。火遊びの一つや二つも出来ない、甲斐性のない男だった。

 そんな悶々とした状況は私だけではなかった。
 陸奥も同じように焦れていたのだ。
 陸奥がショートボブをやめて、髪が肩まで伸びきっていた時だ。

「あなたは他の女のことしか考えてないわ」

 陸奥は、私が見ている先を見ていたのだ。陸奥に重ねていた初恋を察していたのだ。

「そんなに他の女のことがいいのかしら」

 静かに怒りを示す陸奥に、私はぐうの音も出なかった。一切の歪みも見せない端正な微笑みは女の力強さを感じた。

 そして、冒頭に戻るのだ。

「あらあら、女の嫉妬は怖いのよ」

 陸奥がポニーテールにしてしまったことで、私の中の初恋はどこか吹っ切れてしまった。陸奥は、私が好きだった初恋の陸奥とは違う髪型になってしまったからだ。陸奥の怒りのポニーテールは私の恋心は少し冷ましてしまった。
 なんとも情けない話だが、私は陸奥のお陰で冷静になることが出来た。
 しかし、私の火遊びはまだ終わっていないようだ。
 今度は初恋の陸奥してではなく、今ここにいる私の陸奥に恋い焦がれている。

 凛と咲く一輪の薔薇のように強かで刺がある女性。けれど、刺で血が流れようとも、その華を愛でていたい。
 垂れ下がったポニーテールは端から見れば子供っぽいが、揺れ動く度に女の色香を振りまいているように見えた。
 陸奥の好きな牡丹の紋が入った紺色の着物によく似合う、ポニーテールだ。

 うちの陸奥はポニーテールのようです。

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント