歌舞伎シネマ「東海道中膝栗毛」

 先週の火曜日だったか、お知り合いと一緒に歌舞伎シネマを見に行きました。
 そもそも、歌舞伎シネマってなんなのさっていうお話ですが、映画館で歌舞伎の公演を流すと言ったもので、他にも演劇なんかも特殊な撮影方法で撮った物が流れてたりするみたいです。
 ただ、マイナーな映画ゆえに放映されてる映画館が少なく、自分はお知り合いに案内されて銀座をゆるりと回りながら、奥の方にある映画館へと足を運びました。
 その通りに歌舞伎座があったのですが、家族連れや外人さんたちが列を作っていて。格式高いというのもありますが、非常に人気が見て取れました。そういえば、大阪難波の方にも似たようなものがあったなぁと思い出します。


 映画は東海道中膝栗毛の歌舞伎でした。役者の名前を見たら、ほぼ市川で埋まってましたね。芸名というか屋号として市川が使われているのか、はたまた血縁者で固められているのか。
 東海道中膝栗毛は江戸時代の小説で、元がギャグテイストな話なのでゆっくりと見られた気がします。借金苦で喘いでいる弥次郎兵衛と喜多八のクズコンビがお伊勢参りで一発逆転を狙うという話なのですが、その旅費が大家から偶然盗んだ金という。
 そんなアホな二人組が母の病気を直すためにお伊勢参りに行く武家の子どもたちと会ったり、亡霊が運営する旅籠屋で一悶着あったり、盲目の旅人を騙して楽をしたりだの。落語テイストな洒落の利いた笑いありの物語で、普段落語や噺、歌舞伎などに縁がない人も分かりやすい、現代人である我々の感性でも十二分に楽しめる内容でした。
 あと、歌舞伎で良くある引き伸ばしたり張りのある独特な台詞回しなのですが、これがすごく演劇の表現として優れているような気がしました。普通に話すよりも、これが演劇であることを実感させて売れるし、声の抑揚だけで場に引きずり込まれてしまうというか。コメディカルに見えて、実はわかりやすさを与えてくれる物だと思います。
 なんといっても、舞台装置の出来の良さ。昔からの伝統を受け継ぎつつ、ライトや舞台の端々にある機械で演劇場をダイナミックに彩っていく。歌舞(傾)いているというのは元々、枠にとらわれない生き様を意味していたので、まさしく歌舞伎というのはどんな時代においても常識にとらわれないことを美徳としているのが強く伝わってきました。
 元々、演劇は好きな方なので、見ていて非常に心を打たれることが多かったです。アメコミのデッドプールの能力の1つ「第四の壁が見える」というのがありますが、まさしく、我々は演劇という箱を眺める人間であり、その小さな箱庭的な世界観に魅了されてしまうものだと感じました。そう、第四の壁に我々は居て、小さな非現実・演技を見て楽しむのです。
 もう一回見てみたいな。そう思えるような面白さで、歌舞伎が以下に人気があるものか良く分かる内容でした。

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