虐殺器官

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 最近風邪を引いてダウンしておりました。1週間くらい風邪を引いていて、その引き立ての頃にルミ海苔さんと池袋で「虐殺器官」を見てきました。

 原作の小説自体は10年前くらいのもので、ちょうどテロリズムの脅威に世の中がさらされていた時です。民族紛争でジェノサイドが起きているという現実も、このあたりから認知され始めたんじゃないでしょうか。
 題材としてはそのあたりがメインで、ジョン・ポールという人間が様々な国で虐殺を引き起こしている世界。その虐殺を泊めるために主人公のクラヴィスが止めに行くという話なのだが。
 理系っぽい話かと思えば、実は文系な話です。ストレートに言えばディストピア小説ですね。いわゆる、科学やら思想が発展しすぎて統制社会になっちゃったみたいな。 

 
 この話は人間の感情すらもコントロールできる社会に自由はあるのかというお話でもあります。
 クラヴィスはアメリカの特殊部隊員で、感情を制御して優秀な兵士として戦っていく。例えば、人を殺してもそれを仕事として捉えたり、女子供を殺してもそれで悔やむこともないように調整されています。ですが、作中では感情の処理を失敗して狂ってしまった兵士も。
 ジョン・ポールの手によって問題を抱えている国の感情が爆発し、虐殺を繰り返すようになってしまった社会。国連はそれを重く受け止め、最新技術で身を固めたアメリカがクラヴィスにジョン・ポール暗殺の名を出す。
 監視カメラや識別機械によって管理されてしまった社会で人間はなに不自由なく暮らす。世界では様々な悲劇があるものの、それを豊かな国に住んでいる人間は見向きもしない。そんな、豊かな生活を社会に与えられた国で生きていることに対して視聴者や作中の人間は深くは考えていないのだ。見ないふりをするというより、見る必要が無いと考えている。
 それに対する憤りとも言うべきか、ジョン・ポールはテロで妻子を亡くしたことから、虐殺に身を染めていく。その何とも言えない人間の根本的な感情、恨みや共感を求める姿がディストピア社会には最たる害悪で、そして人間らしい行為だとも言える。
 つまるところ、ジョン・ポールの行いは、テロによって家族を失ったことを共感してもらうために虐殺を引き起こし続けているということになるのだが、管理された安全な社会に生きる人たちにはジョンの感情を理解することはできない。

 虐殺に関して言えば、アメリカの圧倒的な武力も虐殺を引き起こしている矛盾。現地の少年兵立ちも無残に殺されるシーンが多数あり、暴力の怖さを物語る。
 15禁ゆえにかなりグロいシーンが続く映画なのだが、それこそこの映画の訴えたいことだと思う。暴力が引き起こす悲惨さというか。
 それに対してなんの感情も抱かないアメリカ軍の兵士たちなのだが、クラヴィスはジョンとなんども出会うことで、失っていた感情を徐々に取り戻していくのだが……そして、最後のシーンは鳥肌モノ!

 と言った感じの映画で、感情や人間らしさをモチーフに取り上げている映画でした。
 ネタバレをしないためにかなり端折りましたが、メッセージ性が強い文系的な内容だったと思います。実際、虐殺器官を呼び覚ましているものは理系的なものではなく、文系的なものだったりしますからね。
 グロがダメだとおすすめしませんが、なかなか風刺として捉えると思い白いかもしれません。ジョージ・オーウェルとか好きならとてもオススメな映画です!

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