濡れ鼠の宝物探し

雨の中、傘を持っていない小傘と古びたバス停で雨宿りするお話。

水沢メルカさん(user/3195729)主催の雨宿り合同で出させていただいた短編です


 もやもやと棚引く灰色の雲が雨をしとしとと垂らす曇天。ぽちゃぽちゃとでこぼこの道路に水たまりを作り、溶かすようにらくだ色の土が流れだす。多分、今日は止まないのだろうと、私の勘は言う。

「私があなたの傘になってあげるよ

 そう宣言したのは多々良小傘。ご主人が住む命蓮寺や墓地に足を運んでいたりするので、顔見知りといえば顔見知りだ。人里の外れで探索をしていた私に声をかけたのがこいつだった。

「しかし、君はなんで傘を持っていないんだい」

 二人で黙々と道を進む。土砂降りの雨の中、私は雲の色よりも濃い濡れネズミになっており、服がべったべたで敵わん。鼠が濡れた姿なんて見るに耐えないものだろう

 しかもだ、小傘には紅桔梗の唐傘が手元にない。アイデンティティが吹っ飛んでいて、なおかつこいつも一緒に濡れている。二人共均等に髪をしぼませ、服が張り付いて動きづらく、度目かの一里塚を掠めたところで私は強めに小傘に尋ねた。

「私達仲良くずぶ濡れなんだが。これでは外に出た意味が無いんじゃないか

 真っ当な疑問点を突くと普通はショックをうけるものなのだが、こと小傘に関してはにこにこ相貌を作って人懐こく顔を近づける。雨だからハイテンションなのはわかるが、今はイライラする原因の一つだ。

「だって、私は傘だもん 一緒にいれば濡れることはないさ

「濡れてるんだよ 現実問題!! これは君のジョークか 驚かせたかったんなら、そりゃ大成功だろうな!!

 へらへら笑う小傘に腹が立った私はダウジングロッドを取り出す。どこか雨宿りが出来るところはないかと探っていると、道路の側面にある森林に安っぽい木製の小屋があるのを見つけた。

 かといって、その小屋の正面はわざと扉がないようで、雨を垂れ流すために屋根が斜めになっている。近くにコンクリートの土台にアルミの丸い看板を掲げたポールがあった。塗装が剥げているので読みづらかったが、どうやらバス停だったものが幻想入りしたようだ。


「とりあえず、このベンチに座ろう。濡れているのは慣れてしまったが、雨に濡れ続ければ体が冷えていけない」

「えー、せっかく一緒に歩いてたのに。相合傘でわくわくだったのにね

「一緒にずぶ濡れることが相合傘であるとは到底思えんがね」

 ふうっと私はため息を付き、黄土色のケープを脱ぎ、服が傷むのもお構いなしにぎゅっと雑巾絞りのように水を追い出す。ぼたぼたっと垂れた水の色は灰色混じった雨にまみれてよく見えなかった。

「君も服の水っけを取った方が良いんじゃないか

 私はもぞもぞと頭から鈍色のドレスを脱いだ。少し恥ずかしいが、女同士でこんなところに誰も通らないだろうと私は白いシャツも脱いで、下着姿の私が顕になる。藤色のシミーズと真っ白なパンティ。

「ちょ、ナズーリン!? こんなところで破廉恥だよ!!

 きゃーっておぼこく顔を真赤にして顔を手で覆う小傘だが、その手の隙間から私のことを見ているのはよく分かるぞ。命蓮寺に関わっていたら、ずぼらな女妖怪の姿もよく見かけるし、同性の前で服脱ぐくらいは普通だと思ってた。

「君もさっさと脱いで、水を絞れ」

「えー、なんか恥ずかしいよう やだー

「良いから脱げ 風邪引いても良いのか

 ぶーぶーとぶうたれながら、小傘は濡れて紺碧色になった上着を脱いで私と同じように絞る。傘のくせに濡れてちゃいけないだろうと思うのだが。水を弾いたりする芸はないようだ。

「私は君と一緒にいれば、君が雨に濡れない妖術でも使ってくれると思ったんだ。でも、途中から、べっちょべちょに濡れてから気づいた私も悪いけど……わけの分からん理由で一緒に歩いてたのが、ほんと分からないな」

 こういう時はおとなしく人里に潜り込んで雨を凌げばよかったのかなと思っていたが、私は妖怪としての姿が顕著なので、人里には居づらいだろう。

 だが、小傘は違う。あいつは人里でも認められてる妖怪で、私なんかに付き合わずに人里の茶屋にでもいればよかったんじゃないだろうか。わざわざ濡れに行くとは……いや、あの舌をベロリと出した唐傘はどこに行ったんだ


「なあ、君。いつも持っている傘はどこにやったんだい 君のアイデンティティそのものだったじゃないか……喧嘩でもしたのかい うわっ

 ずぶ濡れの犬がやるみたいに、首を振ってブンブンと髪の水分を弾き飛ばしている。髪はべったべったと頬や額にぶつかり、なんだかマヌケな面が出来上がっていた。

「違うよ。雨で傘が必要な人に貸してあげたんだ

 ふっふーんと胸を張ってドヤ顔決めるあたり、その柔らかそうな頬をぺちんと叩きたくなった。っていうかすでに手が出ていた。

「まったく、雨が降っているのに自分の傘を貸すやつがいるのかね」

 少し涙目になった小傘は子供が親に抵抗するように反論する。

「だって、傘を大事に使ってくれそうな人に渡したほうが、私も嬉しいんだもん」

「その人と一緒に相合い傘をするって選択肢はなかったのかい もしかしたら、傘が盗まれる可能性もあるかもしれないし」

 いやいやと頭を横に振る小傘。こほんと咳をした。

「大丈夫。私の人選に間違いはないと思うよ 知り合いだし。それにさ、もう一本傘がいるじゃない

「雨をしのげない傘妖怪なんている意味がわからないね」

 ふうっと曇った雲を眺める。ざあざあと降りしきる雨は、どこか涙を流しているようにも、小便を漏らしているようにも見える。多分、そういうことを考えるのは答えがない問題なのだろうが、それでも自然を見て感動を覚える感性は大切にしたい。

「けどさけどさ。一人でずぶ濡れになって呆然とするより、二人いたら心強くない

「そういう連帯感は私には不必要だ。それなら、人里のひっそりしたとこで雨宿りをすればいいじゃないか」

「んーそこを言われるとぐうの音も出ないなぁ」

「あたりまえじゃないか」

「けど、雨の中を歩くって楽しくない 私は自分の足で雨を浴びて歩けることが幸せなんだ」

「じゃあ、なんで私を巻き込んだんだ

 ニカっと無邪気に笑う小傘には、どこか一瞬の日差しのような物を感じた。

「それはね、傘は自分で歩くものじゃないから。誰かが傘を持っていて、初めてその人を雨から守るというか。そう、大切なパートナーとして」

「さっきと言っていたこととあべこべじゃないか」

「そうだね。やっぱり、雨の日に傘を掲げる人がいて、初めて私は傘妖怪だと胸が張れるんだよ。ほら、雨の中、一人ぼっちでいればどんどん心が荒んでくるけど、もう一人いればなんとなく心が晴れてくるでしょ 傘はそういうものだと思うの」

 私はぐっと手を伸ばしてストレッチをすると、ぶるぶるっと首を振って水分を飛ばす。さっきの意趣返しだと言わんばかりに、こがさは手を構えてうへぇとした顔をする。

「君の理論は分かった。要するに、一人でいるより二人でいるほうが心強いってことでいいんだな」

「そそ、そういうことだよ

 なんて自分勝手なんだと私は思うところはあったが、一緒に雨の中を歩きたかっただけなんだろうと納得する。まったく、迷惑極まりない。


「ナズーリンは何をしていたの

 不思議そうにクエスチョンマークを頭に掲げた小傘が尋ねる。

「幸せを探していたんだ」

「幸せ

 私はぽりぽりと少し赤みがかった頬をかいて見せた。

「三途の河に小屋を作って宝探しをしている私だが、そこに幸せがあるのか不可思議でならないんだ。だから、私の幸せはどこにあるんだろうと探していたんだ。このダウジングロッドとペンデュラムでね」

 腰に括りつけたアルミ製のダウンジングロッドを取り出してみせる。すると、すすすとロッドは動き出し、左側の道を指し示していた。

「一応ね、一応幸せの方向は見つけられたのだが、その途中にこの雨だ。ついてるのかついてないのか、分かんないところだ」

 むうっと足をパタつかせながら、水しぶきが脛に張り付く。雨に風が混じりこむと迷惑極まりない。正面が開いているから雨飛沫が容赦なく入り込んでくる。

「幸せってなんだろうね

 なんとなくだろう、小傘はありふれた疑問を口にする。

「そんなもの、誰にもわからないさ」

「分からないのに幸せ探しって、なんかおかしくない

 むぐぐと頭を抱える小傘に、私は嘆息しながら答える。

「少なくとも、君は傘として扱われることに喜びを感じるんだろう。驚かせることが好きなんだろ ほら、君の幸せはよく分かるじゃないか」

 生きている目的があるのは喜ばしいことなのかは分からない。けれど、雑食の生き物は本当の幸せを探すのは非常に難しい。誰かと一緒に添い遂げられるとか、仕事を極めてマイスターになったり。宗教を全うすることもそうだ。

「私は仏教の言う解脱やそういうものには興味が無い。ただ、幸せが欲しいだけなのさ。俗物だろ

「なんだか小難しいこと考えてて分かんないよ」

 むぅっと険しい顔をする小傘に、私は正面を向いて広がる田んぼを眺めていた。雨が交じり合って、丸い水紋がたくさん出来ている。ゲコゲコと蛙が笑う。

「幸せが探せるだけ、私は幸せだ。けれどな」

「けれど

 ぱしゃぱしゃと何かが歩く音がする。ぼたぼたと水を弾く音がする。傘を指した誰かさんが私達の下を訪れたのだろう。


「やあ、ナズーリン あなたもここに居たのですか」

 目の前にいる妖怪にダウジングロッドがビビンとそり立つ。ああ、またこの人が私の探している幸せだと思うと、少し辟易していた。

「ご主人、なぜここに来たんだい

 足の生えた紫色の唐傘。舌がベロンと雨水を舐めている。小傘の唐傘だ。小傘が傘を貸した人物はこの人だったんだな。

「命蓮寺についた途端、この傘が小傘さんの下へ駆け出すものだから、私も傘をさして付いてきたんですよ。そうしたら、この小屋に二人が居て」

 私が拾ってきたビニール傘を掲げているご主人はなんだかウキウキとしている。いつも明るい笑顔を振りまくこの人は、いつも私を暖かくする。

「おお、私の唐傘帰ってきた ありがとう、星

 ぎゅっと唐傘に抱きつく小傘。ああ、もう。体が更に濡れてしまうじゃないか。

「ねえ、ナズーリンも幸せが見つかって良かったね」

 くすりと笑う小傘に、私はボフンと顔を真赤に染め上げてしまった。

「そ、そんなんじゃない。私の幸せはそんなんじゃ……」

 ペンデュラムですら、持ち主のいうことを聞かずブンブンと回る。私のしっぽもむず痒く、動きを抑えられない。無意識なのか。

「さあ、ナズーリン、小傘さん。一緒に命蓮寺に帰りましょう。暖かいお風呂が待ってますよ」

「うん、分かったよ

 すくっと立ち上がった小傘は先程乾かした服を着る。まだ、べたつくようで着づらそうにしていた。私もそれに釣られて服を着始める。

「しかし困りました。本当は傘を返して、小傘さんと二人で命蓮寺に帰ろうとしていたんですよ。だから、傘は一つしかないんです。だから

「いや、わちきの傘は満員だよ。そのビニール傘に一緒に入りなよ

「え、しかし……そちらのほうが大きいじゃないですか」

「その方が良いでしょ、ナズーリン

 そこで私に話を振るのか。単純なくせに妙なところで気を使うなんて。

「やっぱり、傘は使われたい人に使われてなんぼなのさ

 付喪神だから分かることなのかもしれない。本当に傘は私とご主人に入ってもらいたいのだろう。

「それなら仕方ありませんね。ナズーリン、さあ帰りましょう」

 肩を掴まれて、ぐわっと胸元に引き寄せられる。相変わらず温和な笑顔を振りまいていて、私はこの人に勝てないなと痛感した。

 

 雨が降れば、雨を喜ぶ人も憎む人もいる。少なくとも、生きとし生けるものの感情や環境を動かす力があるようだ。つまりだ、私は雨のせいで幸せを思い知らされたわけさ。こんな日もたまにはいいさ……ハクシュン!! ああ、少し体が寒くなってきた。早くお風呂に入りたいものだ。

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