濡れ鼠の宝物探し

雨の中、傘を持っていない小傘と古びたバス停で雨宿りするお話。

水沢メルカさん(user/3195729)主催の雨宿り合同で出させていただいた短編です

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死にたがり

・菫子の場合

 人里の蕎麦屋でつるるとざるそばを啜る。昔は蒸して食べていた蕎麦も、湯がいて食べれるようになったのは時代の流れだなと妹紅は回想する。
 醤油の聞いた濃い口の汁にしょうがとネギを混ぜ、ピリリと鼻を透き通る蕎麦のストレートな味を堪能した。

「へえ、幻想郷の蕎麦もなかなかやるものね」

 物珍しそうにざるに乗った蕎麦を箸で挟みながら感心している菫子。そんなに珍しいものかと妹紅は見つめるが、らんらんと光る菫子の茶色い瞳を見ると肘をついてため息を付いた。

「なあ、菫子。ちょっと変わった質問をするが、いいかな?」

 口に含んだ蕎麦で頬をふくらませる菫子に、妹紅は神妙な顔つきで尋ねた。
 
「もしも、お前が死んだら、私に何かしてほしいことがあるか?」

 頭をかしげて菫子ははてなマークを浮かべるが、妹紅は気だるげながらも真剣な面持ちなのを知る。
 ごくりと妹紅のおごりの蕎麦を飲み干してから、菫子は滔々と語りだした。
 
 
「そうね、妹紅は不老不死だもんね……それならさ、私の子孫が幻想郷に来たら、私のことを話してあげてよ」


 白鼠色の湯のみに入っている蕎麦湯をずずずと啜る妹紅は続きを促した。同じように菫子も蕎麦湯に挑戦しているが、舌をべっと出して微妙な顔をしている。
 
「多分、私は普通に恋をすると思う。そして、絶対に私の叡智を引き継ぐ子供を産むわ。その子には絶対に幻想郷のことを話す。話して、自分の力で結界を越えてもらいたいの」

「若いのに色々考えてるんだな。でも、そういう夢は嫌いじゃないさ」

 ははっと妹紅が軽く笑うところに、菫子は注釈を入れるために人差し指をつきだした。
 
「妹紅が年老いてるだけ。私は別に深く考えてるわけじゃないしね。もしもの話!」

「もしもっていうのは?」

 くいっと妹紅の赤い瞳が菫子の顔を伺うように視線が流れる。どんよりと年輪を重ねた視線は、菫子の心をかきたてた。
 
「与太話みたいなもの! 世間話っ! 今は恋愛とか全然興味ないし。でも、不老不死の妹紅に私を残したいのなら、そうやって世代を重ねるしかないみたいだしね」

 何かに焦ったように話す菫子に、にっと妹紅は唇の端を吊り上げる。
 
「お前も不老不死になるか?」

 何気なく尋ねた妹紅のセリフに、菫子はナンセンスだと言わんばかりに眉をひそめた。
 
「それはありえないかな。多分、人間は一定の年月を重ねて寿命を迎えるものだと思うの。それは、宗教とか倫理的な理由とかじゃなくて。なんて言えば良いのかなぁ……高尚なことを言うつもりはないんだけど」

 頭を捻って答えを強引に出そうとする菫子に、妹紅は待ったをかけた。
 
「生きるってことは死ぬこと。不老不死になれば、それは生きていないってのも同義だ。だから、たくさんのものを失ってしまうんだ。生きていれば、少なくともその手に掴めるだけのものは得られるはずさ」

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私の手が届く距離

 私がただの地獄鴉だった時のお話。言葉なんて話せず、他の動物たちとは意思疎通も出来ず。私以外の地獄鴉からは『お前は頭が悪い』と馬鹿にされて孤独だったの。私はとても寂しい気持ちでいっぱいだった。羽を丸めて縮こまっているのがお似合いなのかもしれないって。
 けれど、さとり様だけは違った。自分の心を読んでくれて、私を受け入れてくれる。私が伝えたいことを分かってくれるの。さとり様は言葉が話せない孤独な妖怪や動物にとても優しくしてくれたわ。昔、さとり様が聞かせてくれたソロモン王とはさとり様のことだと思う。私に素敵な魔法をかけてくれたから。
 ピアノという西洋の楽器。艶のある黒い外装、変な湾曲を描き、パカっと蓋が開いている。そこに象牙でできた鍵盤と呼ばれる白と黒が混ざった板を指で押さえれば、ポロンと可愛らしい音が出る。さとり様はこのピアノに熱心で、暇な時間があれば一人で黙々と美しい音色を奏でていた。
 紫や赤、黄色に藍色。色とりどりの模様が描かれたステンドガラスの光がピアノとさとり様を照らす。陰は伸びきり、さとり様の演奏に合わせて動きを変えていく。鍵盤に跳ねる運指は晩秋の川のように滑らか。そのお姿を私はこっそりと覗いていたわ。紺色と白をブレンドした斜光が透き通る窓ガラスの近くで私は耳を済ませて。
「Heart and soul, I fell in love with you.Heart and soul, the way a fool would do, madly......」
 穏やかな、淡藤色の声。いつも気だるげなさとり様と違って、天井に響き渡る小鈴のような異国の歌。そして、しっとりと染み渡るような物悲しい感じ。物悲しいのだけれど、心に語りかけるような旋律と歌詞は私の心に突き刺さった。
「おや、お空。あなたがいつもこの部屋に来ていることは知っているのですよ?」
 ドキッと私の心臓は跳ね上がる。焦りを感じた私は逃げ出すことも出来ず、スリッパを鳴らしながらやってくるさとり様をじっと見ていた。微かな空気の流れで蝋燭の火がじわりと滲んでる。
「あなたもピアノが好きなのかしら?」
 そっとさとり様の小さな手が私の羽を包む。生暖かい、心地が良い。さとり様が闇夜の輝きと言ってくれた私の烏羽。そっと、平らな胸へと抱き寄せて、私は目をつむって落ち着いたの。さとり様のトクトクと動く心臓音に身を寄せた。
「よしよし。本当は私の拙いピアノを聴かせるのは恥ずかしいんですよ。でもね、あなたが喜んでくれたのなら嬉しいわ」
 私はカァっと胴間声で鳴いてみた。とても醜い鳴き声。ウグイスや九官鳥みたいに鳴くことが出来たらなと思うことがあるの。だって、私の声は意に反して威嚇をしているように聞こえてしまうから。
「お空はピアノが好き? それとも、私が好きなのですか?」
 とても単純な質問で、そして答えが明確な質問だった。さとり様の胸に頭を擦り付け、私は心のなかで叫んだ。さとり様が大好きだ、と。
「そう、私が好きなのですね。私がピアノを弾く姿が好きなのですね」
 ぎゅっと私の体を包み込み、今度はさとり様が私の頭に頬ずりをしてくれたわ。ローズの香水が効いたふんわりとした匂い。枕のように柔らかい肌触り。心のなかから安らいでしまう。
「あなたが人の体を手に入れたら、きっとピアノが弾けるでしょうね」
 さとり様のペットの中には人の体を手に入れた子がいる。それは、どういう条件でなれるのかは分からないけれど、私も人の体が欲しくなった。人の体を得て、私はさとり様と同じようにピアノを弾きたい。鍵盤の上で小魚が跳ねるような指先を想像しながら、私はずっと待っていたの。
 

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もこすみミュージック・アワー

 何千、何万と生えそろう迷いの竹林は鳥かごのようなもの。誰かを封じ込めるために作られた、閉鎖的な場所だと思う。うさぎも多いし、ね? 昔はうさぎのことを鳥と扱ったらしいけど、横暴にもほどがあるわ。
 その鳥かごの住民である藤原妹紅は私の目の前で、煙管に火を灯してすぅっと一息ついた。笹の枯れ葉も多い場所だけれど、火を上手に操る妹紅だからこそ火事が起きる気配はない。
「お前も物好きだねぇ。私と一緒にいて何が楽しいんだ?」
 月夜に向けてふぅっと口から煙を出す。白く棚引く煙は、夜空の青さに吸い込まれていった。
 タバコの臭いは、私のブラウンヘアーに染み付きそうで少し嫌だ。だって、今時タバコを吸う人なんていないんだもの。
「うーんとね、なんとなく、かな?」
 けど、そんなタバコの臭いも含めて私は妹紅のことが好き。粗暴な感じでスレていると人は陰口を叩くけど、私はこの人の深い優しさが分かる。人間を助けずにはいられない、ぶっきらぼうな優しさが。
「せっかく、女子高生が一緒に寄り添っているんだから、ちょっとは喜んでよ」
 ちょっとだけ攻めの軽口を言ってみるけど、妹紅は小さく笑うだけで相手にしてくれない。けど、その微笑みがなんとも流れるような、とても上品な感じで心がドキッとした。
「じょしこーせーってものが良く分からないが、ありがたく受け取っておくよ」
 私は正直、彼女が何を考えているかは良くわかっていない。千年の時を生きてきた彼女は精神的にも人間のものとは違い、何で感動を覚えるのかとか全く分からない。だから、それがとってもこそばゆい。
「ねえ、妹紅。貴方は歌が好き?」
 とても素朴な質問だった。会話の糸口をつかもうという魂胆もあったのだけれど、純粋に妹紅が好きなことを知りたかった。だって、好きな人の好きなことを知っておけば、恋の百戦危うからずっていうでしょ?

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Call

1.

 幻想郷の外の世界はめまぐるしい技術の進歩と、それを象徴したスクラップアンドビルドを繰り返す街並みが流れている。夜中でもせっせと仕事を続けているビルの明かりと、不夜城のごとく綺羅びやかに光る歓楽街。有害なガスを撒き散らす自動車がぶんぶんと通り過ぎていく。
 
 男は目まぐるしい社会でサラリーマンをしている。特に仕事に不満を持つわけでもなく、とりわけ人生に悪いことなんてなかった。しいて言えば、最近愛するものを失ったことだろう。
 どこにでもあるアパートの4階の角っこが彼の家だ。鉄製の扉がギギギと軋み、男の伸ばした手が明かりをつける。ぱっと、蛍光灯が光を灯すと、誰もいない静かな部屋がライトアップされていった。何の変哲もない、1DKの部屋だ。
 クタクタの背広を脱ぎ、男はそれをハンガーにかけると、床に座り込んで一息つく。ぼーっと天井を見てみるが、とくに面白いことはない。その行為には名前があって、フェレンゲルシュターデン現象という。だからどうしたという話なのだが、白い壁紙は男の魂を吸い込んでしまうくらいに無機質だった。
 机に飾ってある、額縁に入った彼女の写真を眺める。男がなんとなくスマホのカメラで撮った、彼女の笑顔。あれは確か海浜公園で一緒に散歩をしていた時に撮ったものだなと、男は思い出す。
 写真に写された笑顔から少しだけ勇気をもらい、男はくすりと自嘲気味に笑う。買ってきた弁当を机に並べて、黙々とそれを食べ始めた。ソースが乾いてしまった冷たいヒレカツの脂身が、舌を蕩けさせていく。
 
 
ブーッ……ブーッ……

 お茶を口につけていた時だ。スマホがブルブルとポケットの中で唸っている。どうやら、電話がかかってきたみたいだ。もう、夜の12時だというのに一体どこのどいつだろうと、男は少しげんなりする。
 けれど、もしかしたら大事なことかもしれないので、取らないわけにもいかなかった。男は電話番号を確認せずに、画面の受話ボタンをタッチした。
 
「もしもし」

 少しだけ、男は不機嫌そうに声を出した。どんな奴が相手でも、この不敬な相手に不快さを示さないわけにもいかなかったからだ。
 
「私、こいしさん。今、幻想郷の外にいるの!」

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